いまの小学校
2025.03.17
昭和と比べると大きく変わったのだろうか?全然わからない。
昭和の頃は体罰など普通に有り、保護者も「うちの子が言うことをきかなかったり悪さをしたらブン殴ってやってください」と先生にお願いするぐらい。
それが今では、授業中に抜け出して言うことを聞かない子たちを軽く叩いただけで懲戒処分になるという・・・
もはや、手を触れることも許されないのだろうかと。腫れ物に触るような感じ。
小学生に声をかけただけで通報されるご時世。
通学路があって、小学生と中学生が時間帯になるとたくさん通るが、向こうから挨拶されても返してよいか悩む。こんにちはと言われた、といって通報されたらたまらん。
だいたい、まっすぐ歩かないのは自分が子どもの頃と変わらない。なんかウロウロして、気になるものがあれば釘付けになり、行ったり来たり戻ったり、友達と集まってみたり、泣いたり、わけのわからない事を叫んだり、急に駆け出したり。
タブレットを使うようになったのは我々の頃と違う。そんなもの無かった。動画なんて無い。スライドかOHP、教室のテレビを見るぐらい。
水筒を下げている子をよく見かける。これはずいぶん昔からだけど、我々の頃は水筒なんて遠足ぐらいだった。
校内あちこちに蛇口が有った。(そして、ミカンの網袋に入ったレモン形のせっけんが吊ってあった)
ありがちだが、蛇口に直接に口をつけて飲もうとしたり、指で押さえて水を吹き出させたり、といったいたずらもあった。
身体測定の前に水をたくさん飲んでおこうとした事もあった。(いまでは逆だよ。体重測定があるからトイレに行ってできるだけ出しておこう)
今はケガでもすれば大騒ぎだが、当時は「ここは遊んでいい場所か」、「そういう遊びは危険だろ」、「お前が悪いんだ」とか言って「まず傷口を洗ってこい」、それから赤チンを塗るぐらい。
子どもの頃はしょっちゅうケガした。よく転んだし、友達とふざけていてガラスを割ったり、遊具で遊んでいて頭をぶつけた、切っちゃった、もう色々。
ゴミは焼却炉で燃やすのが当たり前で、当番が校舎裏の焼却炉にゴミを持ってきて放り込んでいた。
たまに鉛筆が混ざっていて、灰の中に鉛筆の芯があった。それに何か魅力を感じて時々持ち帰っていた。
予防接種の後なんか、注射器がそのまま焼却炉に放り込まれていて、針がついている物もあった。それを拾って遊ぶやつもいた。
子どもは、楽しいと思ったら夢中になってしまい、それが危なくても悪いことでもお構いなしということがよくある。(自分だけかも) そして最後に叱られておしまい。以後、その遊びはイカンと禁止令が出た、というパターンを何度繰り返したか。
口に水を含んで、上階からワッと吐き出すと、落下していく水が飛び散るのが楽しくて仕方なかった。そのうちに先生にかかって、誰だという事になり・・・
給食の牛乳のストローの包み紙、細長いやつだが、これを折りたたんで画鋲を刺す。ストローの紙が羽根みたいになって、投げるとくるくる回りながら落ちていく、その動きが面白い。
そして投げて壁に命中させる遊びかたもあった。これは大流行したが、危ないっていうので禁止。
今度は鉛筆を投げる奴が出始めた。(とどろけ!一番 かよ) そしてガラスを割ってしまったりけが人が出て、禁止令が・・・
(ろくでもない話ばかり思い出す)
昭和の頃は体罰など普通に有り、保護者も「うちの子が言うことをきかなかったり悪さをしたらブン殴ってやってください」と先生にお願いするぐらい。
それが今では、授業中に抜け出して言うことを聞かない子たちを軽く叩いただけで懲戒処分になるという・・・
もはや、手を触れることも許されないのだろうかと。腫れ物に触るような感じ。
小学生に声をかけただけで通報されるご時世。
通学路があって、小学生と中学生が時間帯になるとたくさん通るが、向こうから挨拶されても返してよいか悩む。こんにちはと言われた、といって通報されたらたまらん。
だいたい、まっすぐ歩かないのは自分が子どもの頃と変わらない。なんかウロウロして、気になるものがあれば釘付けになり、行ったり来たり戻ったり、友達と集まってみたり、泣いたり、わけのわからない事を叫んだり、急に駆け出したり。
タブレットを使うようになったのは我々の頃と違う。そんなもの無かった。動画なんて無い。スライドかOHP、教室のテレビを見るぐらい。
水筒を下げている子をよく見かける。これはずいぶん昔からだけど、我々の頃は水筒なんて遠足ぐらいだった。
校内あちこちに蛇口が有った。(そして、ミカンの網袋に入ったレモン形のせっけんが吊ってあった)
ありがちだが、蛇口に直接に口をつけて飲もうとしたり、指で押さえて水を吹き出させたり、といったいたずらもあった。
身体測定の前に水をたくさん飲んでおこうとした事もあった。(いまでは逆だよ。体重測定があるからトイレに行ってできるだけ出しておこう)
今はケガでもすれば大騒ぎだが、当時は「ここは遊んでいい場所か」、「そういう遊びは危険だろ」、「お前が悪いんだ」とか言って「まず傷口を洗ってこい」、それから赤チンを塗るぐらい。
子どもの頃はしょっちゅうケガした。よく転んだし、友達とふざけていてガラスを割ったり、遊具で遊んでいて頭をぶつけた、切っちゃった、もう色々。
ゴミは焼却炉で燃やすのが当たり前で、当番が校舎裏の焼却炉にゴミを持ってきて放り込んでいた。
たまに鉛筆が混ざっていて、灰の中に鉛筆の芯があった。それに何か魅力を感じて時々持ち帰っていた。
予防接種の後なんか、注射器がそのまま焼却炉に放り込まれていて、針がついている物もあった。それを拾って遊ぶやつもいた。
子どもは、楽しいと思ったら夢中になってしまい、それが危なくても悪いことでもお構いなしということがよくある。(自分だけかも) そして最後に叱られておしまい。以後、その遊びはイカンと禁止令が出た、というパターンを何度繰り返したか。
口に水を含んで、上階からワッと吐き出すと、落下していく水が飛び散るのが楽しくて仕方なかった。そのうちに先生にかかって、誰だという事になり・・・
給食の牛乳のストローの包み紙、細長いやつだが、これを折りたたんで画鋲を刺す。ストローの紙が羽根みたいになって、投げるとくるくる回りながら落ちていく、その動きが面白い。
そして投げて壁に命中させる遊びかたもあった。これは大流行したが、危ないっていうので禁止。
今度は鉛筆を投げる奴が出始めた。(とどろけ!一番 かよ) そしてガラスを割ってしまったりけが人が出て、禁止令が・・・
(ろくでもない話ばかり思い出す)
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