混信
2026.01.08
中学校の時に体育館で使っていたワイヤレスマイク
たまにタクシー無線だったか、いきなり混信してくるので一同呆気にとられていました。

混信も常に起きていたわけではなく、たまたま中学校の近くをタクシーが通りかかった時かもしれなかった。

同じ周波数ということは、こっちのマイクの電波がタクシー無線に届いている可能性も?
校長先生の話がタクシー無線から聞こえてきただろうか?
微弱だから、よほど近くないと届いてなかったかもしれないけど。

周波数は何メガヘルツだったのか不明。
どの周波数から始めるか
2026.01.08
前に書いたように無知だった自分なので偉そうな事は言えない。教わらないといけないぐらい。

そもそも、どの周波数から始めたら良いかという知識もなかった。
4級でも色んな周波数帯が使える。選択肢がある。

短波帯は当然ながらアンテナは大きくなる。移動よりも固定が主かな?

割と近い所と話すには144MHzとか430MHz帯かな。
見通しの良いところに行けば、たとえば山の上などは遠くと交信できる。

昔(私が小学生だった頃)、学校の事務職員さんがマイカーに長いアンテナを付けていたけど、あれは50MHz帯だったんだろうか。144MHzでは50cmぐらいだろうから、あの長さだと、もっと周波数が低かったはず。

波長によって電波の飛び方は違うので、それぞれの特性を意識する必要がある。
電離層で反射したりしなかったりとか。見通し、障害物などの影響。

周波数の話じゃないけど、出力について。

QRPって昔のFCZさんの記事ばかり読んでいたせいか、1W未満のことを言うんだろうと思っていたら違うようです。
5W未満をQRPって言うみたい。認識が間違っていたらスミマセン。

5Wでも、私のかつての失敗の10mW(0.01W)に比べたら500倍もマシ(笑)

さすがに携帯電話みたいに部屋の中から電波を出すのはどうかと思う。屋外で、できるだけ見通しの良い、高さの稼げる場所を選ぶ。

携帯はどこでも電話できるじゃん・・・って、それはそれだけの技術が集積されているからできるワザなのです。書くと長くなるので省略しますが。
はじめて買った無線機
2026.01.08
平成初期に開局した時、初めて買った無線機はユピテルの50-H5
恥ずかしくてとても書けない。
この機種が悪いのではなくて、当時の無知だった自分が恥ずかしい。

地元にパーツ店+電器+無線ショップのような店が有り、そこで確か1万円もしなかった。
六千円だか八千円だか忘れたけど、とにかく安かったので、これはいいな。ただそれだけで買ってきた。

よし、これで開局しようと思いついた次第。

※どんな機種か? →記事がありました。
ttps://jr7eqw28855.sakura.ne.jp/2021.04.22.html

これで開局申請するには自作機扱いになり、送信機の系統図などを添付して申請する必要がありました。そこで説明書の図を描き写しました。
説明書は小さい紙が折りたたまれたもので文字が小さく、線が細くてカスレそうなので、拡大複写するよりも適度な大きさに自分で描いたほうが良さそうでした。

それで申請が通ってコールサインを手に入れたのでした。

うれしいな~と思いながら・・・職場の先輩方(無線の先輩でもある)に話すと、何?53メガのFMだと! 誰も出てないだろうよ!! と、ボロカスな反応

私は当時なんにも知りませんでした。あまりにも無知でした。

53MHz FM 10mW なんて、どこまで届くというのでしょうか。そもそも誰も出てなさそうな周波数帯です。

このトランシーバの本来の用途はバイクで仲間と一緒に走る時の連絡用を想定しているようです。
不特定多数の方に向けてCQを出すには、10mWはあまりにもQRPすぎます。
たぶん無免許で使っていた人もいたのではなかろうかと。
電監(総合通信局)にもキャッチされないぐらい弱いでしょう。でも無免許ではNGです。

それでも当時の自分は希望を捨てず、常に受信してみていましたが、たまにザーッとノイズが入る程度で人間の声が聞こえたことは一度もありません。

なんてみっともない無線デビューだったのでありましょうか。
咳をしても一人、まさにそのとおりで、いくら喋っても誰にも届きません。

間もなく、電波利用料制度が始まりました。
こんな役に立たないトランシーバに毎年500円(当時)も払えるかというわけで廃局した次第です。当時はパソコン通信に傾倒していたので、無線のことはスッカリ忘れました。

まさかその何十年後に同じコールサインで復活するとは、しかも今度は人並みにマトモなトランシーバ(ハンディと据置)を買い、上級免許を取るなんて思いもしませんでした。
そして電波利用料も当時に比べたらチョッピリ安くなっている。
BCL
2025.12.05
いまの時代、BCLという趣味を知らない人は多いのだろうなと思う。

自分もそれほどのめり込んだわけではなく、ちょっとかじった程度だったが、BCLを通して初めて海外との接点ができたのは大きな進歩だった。

高校の無線部の先輩から、お前もBCLをやっているのかと聞かれ、はいと答えたら、
どの局を受信しているんだとか色々聞かれ、
主に海外放送を聞いています、と言ったら
「ナマイキだ」
「まず国内からだろうが!」 (心の声:そんなの知らんし。誰が決めたのですか)

「ナマイキだ!!」
「NHKでも何でもいいから放送を聞いてレポート書いて持ってこい!!!!」

またそれで何を言われるかわかったもんじゃないので、適当にごまかしながら、結局持っていきませんでした。

面倒なので、この趣味については人に話さないで自分だけで楽しむことにしました。

個人的には、国内のことにはそれほど興味がなかった。このへんの表現は難しいな。海外のほうが全く知らない世界という意味で興味があったと書いたほうが適切か。
電波で世界と直接つながっているような感覚といったらよいか・・・

北京放送(現:中国国際放送)、モスクワ放送(後にオ*ムに乗っ取られた)、ラジオ韓国、朝鮮中央放送、自由中国の声(現:台湾国際放送)などを聞いていた。
それとKYOIも当時ちょっと聞いたような。KTWRもちょっとだけ。

それぞれ主義主張、要するにプロパガンダが有りました。
北と南とか、大陸と島とか、そんな敵対関係。それぞれの主張を聞くことができました。

ラジオ韓国は国内放送みたいな感じで音質も良く、カジュアルな感じといったら良いでしょうか。そんな印象がありました。
ただし、北朝鮮のコーナーがあり、北韓(ほっかん)は・・・という言い方が耳に残っています。
朝鮮中央放送は、韓国のことを「南朝鮮」と呼んでいました。

そういえばタモリのインチキ外国語は、たしかBCLの経験から考えだしたのだろうと思います。
北京放送のフェーディングのマネなんかもそうです。(東方紅)

自分もラジオを聞きながら朝鮮語のマネをしていました。ニダニダとか言ったりして。

その昔、ラジオたんぱ(日本短波放送)でタモリのBCL番組があったのでした。あまり聞いた記憶はないんですけど、Youtubeか何かに載っていたようです。

深夜0時になると不思議な放送が聞こえました。いわゆる暗号放送です。

朝鮮中央放送の日本語番組を聞き終わった後、ラジオをそのままにしておくと、深夜0時ごろに音楽が流れ、そのあと、独特の声で数字を読み上げていました。

表向きは通信教育の問題の番号ということになっていたようです。

乱数表がないと解読はできず、その乱数表はクリームの瓶の底なんかに隠して持ち込むのだとか、何かの本に書いてありました。

それだけでも興味深かったが、短波は現在よりも不思議な放送や音が流れていて、とても興味をそそられる対象でした。

モールスなんか現役だった頃です。

不思議な電子音の正体はなんだろうって。気象FAXとか、特殊なレーダーの電波もあったようです。ソ連(ロシア)からのK信号とか、UVB-76もその当時から有りました。
アマ無線のイベント
2025.11.16
今日は年に一度のアマ無線のイベントが開催されるそうで、
ちょっとだけ会場をのぞいてみました。

会場に着いた頃ちょうど昼休みにかかって、皆さん、弁当を広げていた様子。
全体を見回すとご高齢の方ばかり、失礼ですが老人会のような印象もありました。
このままだと、この趣味の世界は後継者がいなくて、いずれ終わってしまいそうです。


私は高校時代、無線部に入りましたが、自分たちの後輩はいませんでした。

私が1年生のときは3年生の先輩方は多かったのですが、2年生の先輩は3人だけ。
そして私の同級生は自分も含めて確か5人ぐらいだったか。

新年度になると、
各クラブ(運動部、文化部)ごとに1年生の入部を迎える会がありました。
それぞれの部活の部屋かグラウンド、教室など集合場所が決められていて、そこに先輩たちが集まり、新しい後輩を迎えるのです。
後輩たちは入部希望の部活の集合場所へ行くようになっていました。

私が2年生の時でした。
新しく1年生の部員が増えるものと期待して、わくわくしながら教室で待っていました。
しかし集合の締め切り時間を過ぎても・・・・・・結局誰も来ませんでした。

3年生になっても後輩は入ってきませんでした。
こりゃあ、我々の世代で終わりだと。

私の同級生たちも、無線って何?って感じで、よくまあ、工業高校の電子科に入ったのにアマチュア無線も知らんとは。
顧問の先生も、我々のやる気のなさを知っていて、放課後にいきなり招集がかかりました。

波を(電波を)出せ。それにはまず免許をとれ。
近々、講習会が有るので受講しろ。申し込め。申し込む気はあるか?
誰も手を上げないのか。やる気はあるのか。お前らは何部だ。おいT橋、言ってみろ。
むせんぶです・・・

事実上の帰宅部になっていたのでした。

私がアマ無線の免許をとったのは高校を卒業してから、専門学校に通っていた時です。

高校生の頃は、諸手続きのやり方もよくわからなかった。図書室で本を調べたりとか。いまの時代のように調べものは楽ではなく、なかなか答えに辿り着けないこともあったのです。

学校のクラブ局に入っている形なので、これで自由に電波が出せるものと誤解していたのもその頃です。
クラブ局の免許は既に切れていたようです。それを誰が管理しているのかもサッパリわかりません。
もちろんクラブ局についても図書室で調べてみたが、よくわからなかった。
手続きの煩雑さや、費用をどうするか(部費でしょうけど)で、ひっかかっていました。

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