懐かしい昔のPICマイコン
2026.03.04
'90年代後半の部品箱がそのまま残っていました。


PIC16F84はA無と有が混在していた頃。

この当時、ソフト的にシリアル通信を作るしかありませんでした。UARTは内蔵されていませんでした。
振り返ってみれば、なんという無駄な遠回りだったことでしょう。しかもソフトで、割り込みを駆使して送信と受信を同時に行うなんてこともやっていました。
そんなの今では何の意味もありません。その後、本当に便利になりました。

16F84Aの次は16F628を使い、それから16F628Aへ移行しました。
16F84と16F84Aは特に違いは無かったような気がしますけど、628と628Aはプログラムを直す必要がありました。詳しくはマイクロチップの資料でmigrationを参照。
確かコンパレータの設定をしないとI/Oポートが機能しないとか、そんなところではなかったかと思います。

12C509もあります。しかも窓付き。今のようにフラッシュROMではありませんでした。
黒いプラスチックDIPパッケージは一度しか書けないもので、プログラムをミスって何百個もゴミ箱に捨てたことも。
窓付き(金色のセラミックパッケージ)はEPROMと同様に、紫外線を当てて消去します。

のちに12CE518だったか、ようやく12F629、675が登場して移行しました。
フラッシュROMになっただけでも大喜びでしたよ。

バツ印のPIC16F84は、EEPROMの書換回数を実際に確認する為、自◯プログラムを3日間動かし続けて、書けなくなるまでのカウントをした時の物です。

16C57はAKI-PICプログラマの、たぶん初代に使っていた物。バージョンアップで差し替えたけれど、古いのは捨てるしかないのに(書換不可、再利用できない)、なんとなくとってありました。
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