MSX-DOS2 TOOLS と MSX-C
2025.11.09
MSX-DOS2 TOOLS
MSX-C
これらは私が学生だった頃、アスキーが現役でソフトを販売していた頃に通販で買いました。
金銭的に厳しかったので、ずいぶん思い切った買物でした。
後にMSXマガジンの付録になるとは思いもしませんでしたが、その当時に買っておいて正解だったでしょう。
MSX-Cの解説書も買いました。最初は使い方がわかりませんからね。うまいこと商売に乗せられた感じもします。その解説書も後に、MSXマガジンの付録になりました。
後に、といっても10年後ぐらいです。
MSX-DOS2 TOOLSは特にアセンブラのプログラム開発には役立ったと思います。
テキストエディタ KID/AKID
アセンブラ M80
リンカ L80
などなど・・・
テキストエディタは、それ以前に使っていたPEDのほうが慣れていて好きだった。
慣れてきたらKIDかAKIDを主に使うようになったけど、変な文字コードが混ざったりしてアセンブルエラーの原因になったりしなかったっけ。
何も文字がないところでバックスペースやDELETEを押しまくったりして、その後にアセンブルしてみると通ったりする。
相棒はPEDを愛用していたな。
自分は、せっかく買ったので仕方なく使っていた感じ。
当時テキストエディタといったら、PC98の世界ではMIFESを使っていたっけ。あとでVZを知ったけど、操作に馴染めなかった。
それとフリーソフトではSE3というのがあって、京都コンピュータ学院が製作したもの。
実際、自分が通っていたコンピュータ学校ではMIFESをみんながピーコして使っていたのだけど、そういった問題がないようにとSE3が作成されたのでした。
アセンブルのたびにフロッピーの読み書きが遅いもんだから、RAMディスクを活用していた。
これも思い切った買物だったFS-A1ST、RAMは買ったままの状態で256KBだったと思う。
当時手作りしていたマイコンのBIOSからモニタから、ライブラリやアプリケーションまでプログラムを作っていた。
8251カートリッジも最初作った時は失敗したけど、後に作り直してちゃんと使えるようになり、マイコンの開発にも活躍した。そのターミナルプログラムも自分で作ったっけ。
なにしろ当時はパソコン通信がなかった。自分にとっては。
電話回線を引いてモデムをつければできただろうけど、お金に余裕がないのに課金されるようなものは手を出さないほうがいいなと思った次第。
MSX-Cは結局よくわからなくて、たいして使わないでそのままだったような気がする。
学校でPC98を使い、C言語のプログラミングをやっていたけど、どっちかというと当時アセンブラ至上主義者だったのでMSXでC言語はチョット・・・と思っていたようだ。
メモリを食いそうなので。(そんな大きなプログラム作ったっけ)
MSX-C
これらは私が学生だった頃、アスキーが現役でソフトを販売していた頃に通販で買いました。
金銭的に厳しかったので、ずいぶん思い切った買物でした。
後にMSXマガジンの付録になるとは思いもしませんでしたが、その当時に買っておいて正解だったでしょう。
MSX-Cの解説書も買いました。最初は使い方がわかりませんからね。うまいこと商売に乗せられた感じもします。その解説書も後に、MSXマガジンの付録になりました。
後に、といっても10年後ぐらいです。
MSX-DOS2 TOOLSは特にアセンブラのプログラム開発には役立ったと思います。
テキストエディタ KID/AKID
アセンブラ M80
リンカ L80
などなど・・・
テキストエディタは、それ以前に使っていたPEDのほうが慣れていて好きだった。
慣れてきたらKIDかAKIDを主に使うようになったけど、変な文字コードが混ざったりしてアセンブルエラーの原因になったりしなかったっけ。
何も文字がないところでバックスペースやDELETEを押しまくったりして、その後にアセンブルしてみると通ったりする。
相棒はPEDを愛用していたな。
自分は、せっかく買ったので仕方なく使っていた感じ。
当時テキストエディタといったら、PC98の世界ではMIFESを使っていたっけ。あとでVZを知ったけど、操作に馴染めなかった。
それとフリーソフトではSE3というのがあって、京都コンピュータ学院が製作したもの。
実際、自分が通っていたコンピュータ学校ではMIFESをみんながピーコして使っていたのだけど、そういった問題がないようにとSE3が作成されたのでした。
アセンブルのたびにフロッピーの読み書きが遅いもんだから、RAMディスクを活用していた。
これも思い切った買物だったFS-A1ST、RAMは買ったままの状態で256KBだったと思う。
当時手作りしていたマイコンのBIOSからモニタから、ライブラリやアプリケーションまでプログラムを作っていた。
8251カートリッジも最初作った時は失敗したけど、後に作り直してちゃんと使えるようになり、マイコンの開発にも活躍した。そのターミナルプログラムも自分で作ったっけ。
なにしろ当時はパソコン通信がなかった。自分にとっては。
電話回線を引いてモデムをつければできただろうけど、お金に余裕がないのに課金されるようなものは手を出さないほうがいいなと思った次第。
MSX-Cは結局よくわからなくて、たいして使わないでそのままだったような気がする。
学校でPC98を使い、C言語のプログラミングをやっていたけど、どっちかというと当時アセンブラ至上主義者だったのでMSXでC言語はチョット・・・と思っていたようだ。
メモリを食いそうなので。(そんな大きなプログラム作ったっけ)
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コメント一覧
amesho - 2025年11月10日 09:02
実際の開発はPC-9801上で行い(Z80用のCコンパイラ)、MSXに転送して動かすというやり方がありました。クロス開発です。
MSXの性能だとマシン語で、どうしてもそうなりますね。
MSXの性能だとマシン語で、どうしてもそうなりますね。
kanitama - 2025年11月10日 08:27
本体の形状がキーボード一体型のホビー機なのに本格的な開発環境とはちょっとアンバランスな気がしていました。BASICやアセンブラで十分だったかもしれません。時代はBASICではなくC言語を求めていったことは確かなようです。
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2025.11.09 16:35
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