紙工作の付録
2023.09.01
幼い頃、小学*年生の雑誌は毎月楽しみにしていたが、特に「ふろく」の工作が好きだった。
ソノシートを手回しして音を聴くプレーヤーなんか、いまでも印象に残っている。
入学祝いの景品だったと思うが、磁石セットをもらった時は嬉しかった。ところが・・・うっかり落として簡単に割れてしまうフェライト磁石、喜んだり悲しんだりと忙しかったものだ。
ふろくの紙工作の基本は、
台紙を切り抜いて、「やまおり」「たにおり」の線に沿って折り曲げ、でっぱった部分を切り込みに差し込んで組み立てる。
「のりしろ」に糊を塗って貼り合わせる。
色々作ったが、
絵柄が印刷されたフィルムに、家にある懐中電灯の光を当てて壁に映す幻灯機、そして日光写真とか、じつに刺激的だった。
熱収縮のチューブとか、確かサインペンにかぶせてドライヤーであぶると縮んでぴったりフィットする。ドラえもんのイラストが描いてあったと思うけど、ペンを使い終わった後、そのまま捨てるのに抵抗があった。ドラえもんのイラスト部分に執着していて・・・
ところで、いまの小学*年生はどうなんだろうな?と、調べてみた。
https://sho.jp/sho1/
「最強付録!! おうちでアニメーションシアター」
最強!!
基本は自分たちが幼い頃とあまり変わらないかも。
でもスマホだのインターネットだのと、幼い頃から刺激にさらされている現代のお子様たちは、純粋に感動してくれるだろうか。きっとそうだと思いたい。
明るい時間では見づらいから、日が暮れるのが待ち遠しかったよなあ。待ちきれなくて早く試したくて、押し入れに潜り込んだり、家の中で薄暗い場所を探したりして。
それにしても、「アンキパンメーカー」ほしい。おとなになってもほしいものはほしい。
ソノシートを手回しして音を聴くプレーヤーなんか、いまでも印象に残っている。
入学祝いの景品だったと思うが、磁石セットをもらった時は嬉しかった。ところが・・・うっかり落として簡単に割れてしまうフェライト磁石、喜んだり悲しんだりと忙しかったものだ。
ふろくの紙工作の基本は、
台紙を切り抜いて、「やまおり」「たにおり」の線に沿って折り曲げ、でっぱった部分を切り込みに差し込んで組み立てる。
「のりしろ」に糊を塗って貼り合わせる。
色々作ったが、
絵柄が印刷されたフィルムに、家にある懐中電灯の光を当てて壁に映す幻灯機、そして日光写真とか、じつに刺激的だった。
熱収縮のチューブとか、確かサインペンにかぶせてドライヤーであぶると縮んでぴったりフィットする。ドラえもんのイラストが描いてあったと思うけど、ペンを使い終わった後、そのまま捨てるのに抵抗があった。ドラえもんのイラスト部分に執着していて・・・
ところで、いまの小学*年生はどうなんだろうな?と、調べてみた。
https://sho.jp/sho1/
「最強付録!! おうちでアニメーションシアター」
最強!!
基本は自分たちが幼い頃とあまり変わらないかも。
でもスマホだのインターネットだのと、幼い頃から刺激にさらされている現代のお子様たちは、純粋に感動してくれるだろうか。きっとそうだと思いたい。
明るい時間では見づらいから、日が暮れるのが待ち遠しかったよなあ。待ちきれなくて早く試したくて、押し入れに潜り込んだり、家の中で薄暗い場所を探したりして。
それにしても、「アンキパンメーカー」ほしい。おとなになってもほしいものはほしい。
SC3K-2011を振り返る(5)
2023.08.31
SC3K-2011を振り返る、とか書きながら、SC3K実機の話になってしまっているが、
まずはSC3K実機を思い出しながら、記憶をたどっていきたい。
カセットの接触不良で泣かされたのは良く有った話で(だけど当時は周囲にSC3K仲間がいなかったから知らなかった)、
自分なりに工夫してみたのは、紙を折ってスキマに挟んだりとか。
これは完璧な対策にはならなかったような気がするけど。
最終的には、意地になってカートリッジ端子とSC3K内部の基板を直結してしまった。
リード線を何十本も切って両端皮むきするのは大変な手間だったが、直結なら完全無欠だろう。
どうよ、バッチリだぜ、バンバン叩いても何とも無い。
これでしばらくの間はBASIC専用機として使っていたが、またゲームで遊びたくなり、仕方なく元に戻した。
なんという無駄なことでしょう。
SC3K実機の小ささと軽さは、あちこち持ち運ぶのにはちょうど良かった。学生カバンに入れて、中学校に持って行って教室のテレビにつないで遊んだ事がある。
HB-101(MSX)も同じようにしてカバンに入れてみたが、蓋をするのが厳しかった。しかも、どこかでひっかけてしまいCAPSキーを折ってしまった。仕方なく、中央に穴を開けてナベネジをつっこんで固定した。
当時持っていたSC3K実機は、確か高1か2の時に部品取りしてしまった。いま思えば、なんともったいない。でも当時は飽きてしまって、もういらないと思ったから仕方ない。
でも結果的には良かったのだ。これがSC3K-2011につながったのだから。
部品取りは小学生の頃からTVの部品を取り外していたから、熟練していた。Z80なんかも、マイナスドライバーを差し込んで浮かし気味にしながら、ハンダを滑らすように融かして、だんだん浮かせていた。片列浮けば楽勝だ。
ハンダ吸い取り線なんか持っていなかった。有るのははんだごてと糸ハンダだけ。吸い取り機なんか、ずいぶん後になってから買ったものだ。(手動ポンプ式のやつ)
分解しながら、回路図を起こそうと思ったが、パターンが細かくて追えなかった。いまなら(仕事で)慣れてるから余裕でできるけど、当時は、こんなの絶対無理だとあきらめてしまった。
それで結局、部品取りしてどうしたかというと、高校2年の春休みにワンボードマイコンを作った。
すでに当時(1988年頃)ワンボードマイコンを作ろうというヤツはいなかった。その10年以上前にブームは過ぎていただろう。
だが、勉強のために、あえて作ろうとした。
もとにした記事は「ラジオの製作」に載っていたZ80マイコンシステムで、本来はカードスロットに各ブロック毎(CPUボード、メモリボード、I/Oボードなど)を差し込んで構築するものだった。
その回路を自分なりに整理して、ワンボードに仕立てたというわけ。
当時の自分の実力としては、相当な冒険だった。
最初に一部だけ、CPUボードだけ作ってみたけれど、当然それだけでは動いているのかいないのか、動いていても正常なのか、テスター以外にはオシロも何もなく、ラジオでノイズを聞いてみて、うーん、なんか動いてる? その程度だった。
そうやっていじっているうちに、変な臭いがしてきて、74LS245が過熱していた。こりゃやばい。急いで電源を切った。壊しただろうなあ。
そこでメゲないで、改めて最初から丁寧に作ろうと決心して、3日間かけて作り上げたのだった。
とにかく1本1本、丁寧に進めることにした。回路図を赤鉛筆で塗りながら、間違いがないようにした。
こうして無事に動作するようになったのだが、このワンボードマイコンに使ったのがSC3Kから取り外したZ80だった。
そんなの取り外さなくても買ってくればいいでしょー、って言われそうなので説明する。
地方なのでパーツ屋はなかった。ホームセンターに電線とかハンダが置いてある程度。
どうしてもICなどは通販に頼るしかなかった。だが、お金はそんなに持ってないし、ごく限られたお金しか使えなかった。
部品表を作り、持っている部品をできるだけ活用するようにして、部品代を削りながら計算していった。どうしても買わないと揃わないものだけに絞り込み、通販で取り寄せた。
抵抗なんかも新品ではなく、テレビの基板からはずして集めたものを使っていた。そんなものは買っても安いのに、と思うのだけど、やはり簡単には買えないから、仕方なかった。
テレビの基板を持ってきて、お目当ての抵抗を、目を皿のようにして探すのである。このおかげで、カラーコードが瞬間的に読めるようになった。
確かに無駄なことに時間を費やしていたかもしれないが・・・。
最初の頃は基板からとにかく取り外して集めていたが、整理・分類ということを知らなかった為、ごっちゃまぜの山の中から探すことに時間を費やしていたっけ。
ばかなりに学習して、基板に付いた状態のほうが探しやすいなと気づいたわけ。(ずいぶん後になって)
続く。
まずはSC3K実機を思い出しながら、記憶をたどっていきたい。
カセットの接触不良で泣かされたのは良く有った話で(だけど当時は周囲にSC3K仲間がいなかったから知らなかった)、
自分なりに工夫してみたのは、紙を折ってスキマに挟んだりとか。
これは完璧な対策にはならなかったような気がするけど。
最終的には、意地になってカートリッジ端子とSC3K内部の基板を直結してしまった。
リード線を何十本も切って両端皮むきするのは大変な手間だったが、直結なら完全無欠だろう。
どうよ、バッチリだぜ、バンバン叩いても何とも無い。
これでしばらくの間はBASIC専用機として使っていたが、またゲームで遊びたくなり、仕方なく元に戻した。
なんという無駄なことでしょう。
SC3K実機の小ささと軽さは、あちこち持ち運ぶのにはちょうど良かった。学生カバンに入れて、中学校に持って行って教室のテレビにつないで遊んだ事がある。
HB-101(MSX)も同じようにしてカバンに入れてみたが、蓋をするのが厳しかった。しかも、どこかでひっかけてしまいCAPSキーを折ってしまった。仕方なく、中央に穴を開けてナベネジをつっこんで固定した。
当時持っていたSC3K実機は、確か高1か2の時に部品取りしてしまった。いま思えば、なんともったいない。でも当時は飽きてしまって、もういらないと思ったから仕方ない。
でも結果的には良かったのだ。これがSC3K-2011につながったのだから。
部品取りは小学生の頃からTVの部品を取り外していたから、熟練していた。Z80なんかも、マイナスドライバーを差し込んで浮かし気味にしながら、ハンダを滑らすように融かして、だんだん浮かせていた。片列浮けば楽勝だ。
ハンダ吸い取り線なんか持っていなかった。有るのははんだごてと糸ハンダだけ。吸い取り機なんか、ずいぶん後になってから買ったものだ。(手動ポンプ式のやつ)
分解しながら、回路図を起こそうと思ったが、パターンが細かくて追えなかった。いまなら(仕事で)慣れてるから余裕でできるけど、当時は、こんなの絶対無理だとあきらめてしまった。
それで結局、部品取りしてどうしたかというと、高校2年の春休みにワンボードマイコンを作った。
すでに当時(1988年頃)ワンボードマイコンを作ろうというヤツはいなかった。その10年以上前にブームは過ぎていただろう。
だが、勉強のために、あえて作ろうとした。
もとにした記事は「ラジオの製作」に載っていたZ80マイコンシステムで、本来はカードスロットに各ブロック毎(CPUボード、メモリボード、I/Oボードなど)を差し込んで構築するものだった。
その回路を自分なりに整理して、ワンボードに仕立てたというわけ。
当時の自分の実力としては、相当な冒険だった。
最初に一部だけ、CPUボードだけ作ってみたけれど、当然それだけでは動いているのかいないのか、動いていても正常なのか、テスター以外にはオシロも何もなく、ラジオでノイズを聞いてみて、うーん、なんか動いてる? その程度だった。
そうやっていじっているうちに、変な臭いがしてきて、74LS245が過熱していた。こりゃやばい。急いで電源を切った。壊しただろうなあ。
そこでメゲないで、改めて最初から丁寧に作ろうと決心して、3日間かけて作り上げたのだった。
とにかく1本1本、丁寧に進めることにした。回路図を赤鉛筆で塗りながら、間違いがないようにした。
こうして無事に動作するようになったのだが、このワンボードマイコンに使ったのがSC3Kから取り外したZ80だった。
そんなの取り外さなくても買ってくればいいでしょー、って言われそうなので説明する。
地方なのでパーツ屋はなかった。ホームセンターに電線とかハンダが置いてある程度。
どうしてもICなどは通販に頼るしかなかった。だが、お金はそんなに持ってないし、ごく限られたお金しか使えなかった。
部品表を作り、持っている部品をできるだけ活用するようにして、部品代を削りながら計算していった。どうしても買わないと揃わないものだけに絞り込み、通販で取り寄せた。
抵抗なんかも新品ではなく、テレビの基板からはずして集めたものを使っていた。そんなものは買っても安いのに、と思うのだけど、やはり簡単には買えないから、仕方なかった。
テレビの基板を持ってきて、お目当ての抵抗を、目を皿のようにして探すのである。このおかげで、カラーコードが瞬間的に読めるようになった。
確かに無駄なことに時間を費やしていたかもしれないが・・・。
最初の頃は基板からとにかく取り外して集めていたが、整理・分類ということを知らなかった為、ごっちゃまぜの山の中から探すことに時間を費やしていたっけ。
ばかなりに学習して、基板に付いた状態のほうが探しやすいなと気づいたわけ。(ずいぶん後になって)
続く。
SC3K-2011を振り返る(4)
2023.08.31
SC3K実機のワイヤレス化
(1)本体を電池駆動にする。
(2)映像・音声信号を無線で飛ばす。
(3)モニタも搭載する。
まず(1)は今まで書いたように、ニッカドで動作させていた。
単3を4本しか持っていなかったから、公称電圧だと直列で4.8Vだ。だいたい5Vだからいいだろうという、そんな感じ。
次に(2)だが、ちょうど「ラジオの製作」だったか、TV用ブースターの製作記事があった。
当時は、きれいに受信できない遠くのTV局の放送を受信することに執念を燃やしていたものだ。
このアニメ見たいのに地元じゃうつらないよ!!
アンテナをその方向に向けようとしたり、ブースターを作ったり、色々あがいていた。
ちなみに私の出身地である島原半島某所は、地元局だけでなく、福岡・佐賀・熊本のテレビも受信できる好立地だった。最初は好立地だなんて気づかなかった。
修学旅行や進学などでよそへ行ってみると、いかに受信できるチャンネルが少ないかという事に気づいたわけ。
福岡ならFBS、RKB、TVQ、熊本はRKK、KKT、佐賀はSTSとか、あと、熊本のNHKもうつったと思う。なんとなく佐賀や熊本のNHKニュースを見ていたりした。島原半島は長崎市より熊本のほうが近いから、熊本のほうがきれいにうつった。
きれいにうつった、なんて地デジ時代しか知らない人には意味不明だろうな。
遠いTV局を受信すると、画像にノイズが混ざるぐらいならマシで、色がつかなくて白黒になったり、砂嵐が重なったり、同期がとれずに揺れたりしたのだ。
画面は視聴にたえなくても、音声はなんとか聞き取れるので、頑張ってそんな画面を見つめていた。
そこへブースターを付ければ、もっと改善するんじゃないかと思ったわけだ。
μPC1651という4本足のICをサトー電気に頼んで取り寄せてもらい、銅箔基板の銅箔を彫刻刀で削ってパターンを作った。
簡単な高周波回路なのでエッチングよりも削った方が手っ取り早かった。
さてテスト・・・結果的には失敗。
ブースターが難しいのは、入力と出力が結合しないようにすること。おかしいなあ、記事の通りに作ったのに、まともにうつらないじゃないって、がっかりした。
今だったらシールド板を組み込んだりするのだが、当時は記事を真似するのが精一杯だったから、ある程度いじってくたびれたら、そのブースターは放置していた。
また別の記事で、MSXパソコンのRF信号を飛ばそう、という記事を見かけて、あっ、この回路・・・あのブースターが流用できないか、というわけだ。
うまくSC3K実機に組み込んで、今度こそはうまくいった。バッチリ、TVとの接続なしで使える。
面白いもんだ。SC3K本体に何も電線をつながずに使えるなんて。
部屋中あちこち持ち歩いて、その「自由」さに感動した。
たとえれば、Wi-Fiを初めて経験した、あの時の感じかな。ノートPCに何も電線をつながず、持ち歩いて使える自由。
さらに、本当にポータブルにしたのが(3)だ。
当時の秋月でビデオカメラのビューファインダーが売られていた。
2個で立体感?なんて書いてあったと思うが、2個買う前になくなってしまった。
白黒だけど、かなり細かい表示ができる優れものだったと思う。
これをSC3Kの表面に取り付けて、起こしたり倒したりできるようにしたと思う。
のぞきこむと・・・おおっ、BASICの画面だ。フォーカスを調整したら、文字もバッチリうつっている。
これで自分だけの世界に没入することができた。
(1)本体を電池駆動にする。
(2)映像・音声信号を無線で飛ばす。
(3)モニタも搭載する。
まず(1)は今まで書いたように、ニッカドで動作させていた。
単3を4本しか持っていなかったから、公称電圧だと直列で4.8Vだ。だいたい5Vだからいいだろうという、そんな感じ。
次に(2)だが、ちょうど「ラジオの製作」だったか、TV用ブースターの製作記事があった。
当時は、きれいに受信できない遠くのTV局の放送を受信することに執念を燃やしていたものだ。
このアニメ見たいのに地元じゃうつらないよ!!
アンテナをその方向に向けようとしたり、ブースターを作ったり、色々あがいていた。
ちなみに私の出身地である島原半島某所は、地元局だけでなく、福岡・佐賀・熊本のテレビも受信できる好立地だった。最初は好立地だなんて気づかなかった。
修学旅行や進学などでよそへ行ってみると、いかに受信できるチャンネルが少ないかという事に気づいたわけ。
福岡ならFBS、RKB、TVQ、熊本はRKK、KKT、佐賀はSTSとか、あと、熊本のNHKもうつったと思う。なんとなく佐賀や熊本のNHKニュースを見ていたりした。島原半島は長崎市より熊本のほうが近いから、熊本のほうがきれいにうつった。
きれいにうつった、なんて地デジ時代しか知らない人には意味不明だろうな。
遠いTV局を受信すると、画像にノイズが混ざるぐらいならマシで、色がつかなくて白黒になったり、砂嵐が重なったり、同期がとれずに揺れたりしたのだ。
画面は視聴にたえなくても、音声はなんとか聞き取れるので、頑張ってそんな画面を見つめていた。
そこへブースターを付ければ、もっと改善するんじゃないかと思ったわけだ。
μPC1651という4本足のICをサトー電気に頼んで取り寄せてもらい、銅箔基板の銅箔を彫刻刀で削ってパターンを作った。
簡単な高周波回路なのでエッチングよりも削った方が手っ取り早かった。
さてテスト・・・結果的には失敗。
ブースターが難しいのは、入力と出力が結合しないようにすること。おかしいなあ、記事の通りに作ったのに、まともにうつらないじゃないって、がっかりした。
今だったらシールド板を組み込んだりするのだが、当時は記事を真似するのが精一杯だったから、ある程度いじってくたびれたら、そのブースターは放置していた。
また別の記事で、MSXパソコンのRF信号を飛ばそう、という記事を見かけて、あっ、この回路・・・あのブースターが流用できないか、というわけだ。
うまくSC3K実機に組み込んで、今度こそはうまくいった。バッチリ、TVとの接続なしで使える。
面白いもんだ。SC3K本体に何も電線をつながずに使えるなんて。
部屋中あちこち持ち歩いて、その「自由」さに感動した。
たとえれば、Wi-Fiを初めて経験した、あの時の感じかな。ノートPCに何も電線をつながず、持ち歩いて使える自由。
さらに、本当にポータブルにしたのが(3)だ。
当時の秋月でビデオカメラのビューファインダーが売られていた。
2個で立体感?なんて書いてあったと思うが、2個買う前になくなってしまった。
白黒だけど、かなり細かい表示ができる優れものだったと思う。
これをSC3Kの表面に取り付けて、起こしたり倒したりできるようにしたと思う。
のぞきこむと・・・おおっ、BASICの画面だ。フォーカスを調整したら、文字もバッチリうつっている。
これで自分だけの世界に没入することができた。
2023.09.01 12:36
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