マイナ免許証
2025.11.10
自分はマイナ免許証にはしていなかったけど、調べてみると、マイナ免許証は却って面倒くさそうだな!
マイナカード1枚だけで済む、と単純に考えてしまうけど(それが理想だけど)、今までの免許証を併用するかしないかの組み合わせパターンが有る。
免許証を提示してと言われた時に(免許証無しで)マイナカードがうまく読み込めなかったら・・・?
いろいろな手続きも煩雑にならないか。
紛失した時の身分証明は?
かえって物事を複雑化してしまっているようです。
話が飛躍するけど、たとえば災害などで身体一つで助かって、身分証明書なども含めて全部失ってしまったら。
めったにないけど、あってはいけないけど、有りうることです。
本当に本人ですか、本人が本人と言っているんだから本人でしょう、とか・・・
突き詰めると本人確認ってのは難しい。ペットのようにマイクロチップを埋め込むか。
写真を見比べて本人かどうかなんて、人によっては判断が微妙ではないか。
男から女に変わったりとか、その逆もあるし。
マイナカード1枚だけで済む、と単純に考えてしまうけど(それが理想だけど)、今までの免許証を併用するかしないかの組み合わせパターンが有る。
免許証を提示してと言われた時に(免許証無しで)マイナカードがうまく読み込めなかったら・・・?
いろいろな手続きも煩雑にならないか。
紛失した時の身分証明は?
かえって物事を複雑化してしまっているようです。
話が飛躍するけど、たとえば災害などで身体一つで助かって、身分証明書なども含めて全部失ってしまったら。
めったにないけど、あってはいけないけど、有りうることです。
本当に本人ですか、本人が本人と言っているんだから本人でしょう、とか・・・
突き詰めると本人確認ってのは難しい。ペットのようにマイクロチップを埋め込むか。
写真を見比べて本人かどうかなんて、人によっては判断が微妙ではないか。
男から女に変わったりとか、その逆もあるし。
M80とかL80とか
2025.11.09
MSX-DOS2 TOOLSを買う前に、
MZ-2000でCP/Mのフロッピーを読み込み、M80やL80などを自作の通信I/FでMSXに送り、MSX-DOS1上で動かしていた話を以前書いた。
だから、別に買わなくて良かったような気もするが・・・
CP/Mのフロッピーを読み・・・といってもMZ-2000用ではなく、他機種(確かX1とかPC-8001用)のフロッピーだからファイル直接操作できなかった。
先頭から順番にセクターダンプして、このへんからこのへんまでが、どうやらM80らしい、と目星をつけていた。
ひたすら根性ですよ。ずっとダンプを見ていかないといけないから。
一旦、MSXのフロッピーに持っていった後は楽だった。これでMSX-DOSはCP/Mの上位互換なんだなと実感した。
CP/Mを作ったゲイリー・キルドールは、MS-DOSはCP/Mのパクリだと訴えていた。「新・電子立国」のソフトウェア帝国の回で、そんなインタビューがあった。
そのインタビューの直後になくなられたという。
ゲイリー・キルドールの会社(デジタルリサーチ)はDR-DOSというのを出していた。
フリーソフトでは、FreeDOSというものがある。
M80の話に戻ると、
まずM80でアセンブルして、その後L80にかける必要があった。
それ以前に使っていたアセンブラは1パスでバイナリが出てくるので、そっちのほうが便利そうだった。やっぱり今まで通りでいいじゃないかと思った。
本末転倒ってやつか。
しかし本格的にZ80の開発をするにはやっぱりM80などを使っていかないと・・・。
バッチファイルを作って、簡単な操作でできるようにした。
M80はマクロアセンブラなので、マクロを組むとプログラミングを少しでも楽にすることができる。あるいは応用として、別のマイコン用のアセンブラを作ることもできる。
そんな実例を雑誌の付録か何かで当時見たけど、こんなの今となってはどうでも良いことですね。
MZ-2000でCP/Mのフロッピーを読み込み、M80やL80などを自作の通信I/FでMSXに送り、MSX-DOS1上で動かしていた話を以前書いた。
だから、別に買わなくて良かったような気もするが・・・
CP/Mのフロッピーを読み・・・といってもMZ-2000用ではなく、他機種(確かX1とかPC-8001用)のフロッピーだからファイル直接操作できなかった。
先頭から順番にセクターダンプして、このへんからこのへんまでが、どうやらM80らしい、と目星をつけていた。
ひたすら根性ですよ。ずっとダンプを見ていかないといけないから。
一旦、MSXのフロッピーに持っていった後は楽だった。これでMSX-DOSはCP/Mの上位互換なんだなと実感した。
CP/Mを作ったゲイリー・キルドールは、MS-DOSはCP/Mのパクリだと訴えていた。「新・電子立国」のソフトウェア帝国の回で、そんなインタビューがあった。
そのインタビューの直後になくなられたという。
ゲイリー・キルドールの会社(デジタルリサーチ)はDR-DOSというのを出していた。
フリーソフトでは、FreeDOSというものがある。
M80の話に戻ると、
まずM80でアセンブルして、その後L80にかける必要があった。
それ以前に使っていたアセンブラは1パスでバイナリが出てくるので、そっちのほうが便利そうだった。やっぱり今まで通りでいいじゃないかと思った。
本末転倒ってやつか。
しかし本格的にZ80の開発をするにはやっぱりM80などを使っていかないと・・・。
バッチファイルを作って、簡単な操作でできるようにした。
M80はマクロアセンブラなので、マクロを組むとプログラミングを少しでも楽にすることができる。あるいは応用として、別のマイコン用のアセンブラを作ることもできる。
そんな実例を雑誌の付録か何かで当時見たけど、こんなの今となってはどうでも良いことですね。
MSX-DOS2 TOOLS と MSX-C
2025.11.09
MSX-DOS2 TOOLS
MSX-C
これらは私が学生だった頃、アスキーが現役でソフトを販売していた頃に通販で買いました。
金銭的に厳しかったので、ずいぶん思い切った買物でした。
後にMSXマガジンの付録になるとは思いもしませんでしたが、その当時に買っておいて正解だったでしょう。
MSX-Cの解説書も買いました。最初は使い方がわかりませんからね。うまいこと商売に乗せられた感じもします。その解説書も後に、MSXマガジンの付録になりました。
後に、といっても10年後ぐらいです。
MSX-DOS2 TOOLSは特にアセンブラのプログラム開発には役立ったと思います。
テキストエディタ KID/AKID
アセンブラ M80
リンカ L80
などなど・・・
テキストエディタは、それ以前に使っていたPEDのほうが慣れていて好きだった。
慣れてきたらKIDかAKIDを主に使うようになったけど、変な文字コードが混ざったりしてアセンブルエラーの原因になったりしなかったっけ。
何も文字がないところでバックスペースやDELETEを押しまくったりして、その後にアセンブルしてみると通ったりする。
相棒はPEDを愛用していたな。
自分は、せっかく買ったので仕方なく使っていた感じ。
当時テキストエディタといったら、PC98の世界ではMIFESを使っていたっけ。あとでVZを知ったけど、操作に馴染めなかった。
それとフリーソフトではSE3というのがあって、京都コンピュータ学院が製作したもの。
実際、自分が通っていたコンピュータ学校ではMIFESをみんながピーコして使っていたのだけど、そういった問題がないようにとSE3が作成されたのでした。
アセンブルのたびにフロッピーの読み書きが遅いもんだから、RAMディスクを活用していた。
これも思い切った買物だったFS-A1ST、RAMは買ったままの状態で256KBだったと思う。
当時手作りしていたマイコンのBIOSからモニタから、ライブラリやアプリケーションまでプログラムを作っていた。
8251カートリッジも最初作った時は失敗したけど、後に作り直してちゃんと使えるようになり、マイコンの開発にも活躍した。そのターミナルプログラムも自分で作ったっけ。
なにしろ当時はパソコン通信がなかった。自分にとっては。
電話回線を引いてモデムをつければできただろうけど、お金に余裕がないのに課金されるようなものは手を出さないほうがいいなと思った次第。
MSX-Cは結局よくわからなくて、たいして使わないでそのままだったような気がする。
学校でPC98を使い、C言語のプログラミングをやっていたけど、どっちかというと当時アセンブラ至上主義者だったのでMSXでC言語はチョット・・・と思っていたようだ。
メモリを食いそうなので。(そんな大きなプログラム作ったっけ)
MSX-C
これらは私が学生だった頃、アスキーが現役でソフトを販売していた頃に通販で買いました。
金銭的に厳しかったので、ずいぶん思い切った買物でした。
後にMSXマガジンの付録になるとは思いもしませんでしたが、その当時に買っておいて正解だったでしょう。
MSX-Cの解説書も買いました。最初は使い方がわかりませんからね。うまいこと商売に乗せられた感じもします。その解説書も後に、MSXマガジンの付録になりました。
後に、といっても10年後ぐらいです。
MSX-DOS2 TOOLSは特にアセンブラのプログラム開発には役立ったと思います。
テキストエディタ KID/AKID
アセンブラ M80
リンカ L80
などなど・・・
テキストエディタは、それ以前に使っていたPEDのほうが慣れていて好きだった。
慣れてきたらKIDかAKIDを主に使うようになったけど、変な文字コードが混ざったりしてアセンブルエラーの原因になったりしなかったっけ。
何も文字がないところでバックスペースやDELETEを押しまくったりして、その後にアセンブルしてみると通ったりする。
相棒はPEDを愛用していたな。
自分は、せっかく買ったので仕方なく使っていた感じ。
当時テキストエディタといったら、PC98の世界ではMIFESを使っていたっけ。あとでVZを知ったけど、操作に馴染めなかった。
それとフリーソフトではSE3というのがあって、京都コンピュータ学院が製作したもの。
実際、自分が通っていたコンピュータ学校ではMIFESをみんながピーコして使っていたのだけど、そういった問題がないようにとSE3が作成されたのでした。
アセンブルのたびにフロッピーの読み書きが遅いもんだから、RAMディスクを活用していた。
これも思い切った買物だったFS-A1ST、RAMは買ったままの状態で256KBだったと思う。
当時手作りしていたマイコンのBIOSからモニタから、ライブラリやアプリケーションまでプログラムを作っていた。
8251カートリッジも最初作った時は失敗したけど、後に作り直してちゃんと使えるようになり、マイコンの開発にも活躍した。そのターミナルプログラムも自分で作ったっけ。
なにしろ当時はパソコン通信がなかった。自分にとっては。
電話回線を引いてモデムをつければできただろうけど、お金に余裕がないのに課金されるようなものは手を出さないほうがいいなと思った次第。
MSX-Cは結局よくわからなくて、たいして使わないでそのままだったような気がする。
学校でPC98を使い、C言語のプログラミングをやっていたけど、どっちかというと当時アセンブラ至上主義者だったのでMSXでC言語はチョット・・・と思っていたようだ。
メモリを食いそうなので。(そんな大きなプログラム作ったっけ)
2025.11.10 08:47
|
