MSXを中心としたレトロマイコン関連商品
2026.01.29
過去に色々作ってきましたが、
基本的には自分が欲しいものを作り、もし欲しい方がいらっしゃいましたらどうぞといったスタンスでした。
学生だった頃、そして社会人になりたての頃はお金がありませんから、MSX周辺機器が欲しいと思っても、なかなか買えなかったのです。
あの頃は、まだ設計・製作の能力も未熟でした。
それから本業でさまざまな経験を積んで、ようやく自由に作れるようになり、しかもブラック企業から解放されたので、色々作ってみようと取り組み始めました。
手始めにMSX用ユニバーサル基板を自分で設計して売り出したのでした。昔、サンハヤトから売られていた物はとっくに廃止品でしたから、ほしければ作るしかないわけです。
当時、その前の仕事から付き合いのあった国内基板メーカーに頼んだので費用が結構かかりました。レジストとシルクを無くして費用を最低限に抑えつつ、これで元が取れるだろうか?と、賭けのようなものでした。
MSXの規格に載っている基板寸法を調べようと、MSXテクハンだったかな、国会図書館の複写サービスを利用して資料を取り寄せたのでした。今のようにオンラインで自由に見られるようになっていなかった頃です。送ってくるまで2週間以上かかったような気がします。
何ページに載っているか分からないから、まず最初に目次だけ取り寄せ、それを見てページを推測し、載っていそうなページを前後含めて指定して、また取り寄せてようやく必要な情報を得たのでした。
同時に、サンハヤトの基板の使い古しが手元に1枚だけ有り、それを実測しました。そしてカードエッジコネクタのデータシートにもパターンの参考例が載っていたので参考にしました。
ところが、カードエッジ部分の基板外形幅を66mmにしたところが、規格では65.4mmだったか。これは後で指摘を受けて修正したのでした。66mmでは差し込みが少しきつくなります。
その次は増設RAMだったっけ。これは初めてのMSX(HB-101)にRAMが16KBしかなくて、時々32KBを求めるソフトが動かず悔しかった気持ちが長年の熟成を経て具現化したようなものです。
それから拡張スロットボックス。ケース(市販)の都合で3スロット分のバージョン。そのあとに4スロット。
あとは色々あって一度に思い出せませんが、とにかく色々作りまくりました。
SC-3000の復刻版SC3K-2011は、まだブラック企業の奴隷だった頃に、帰宅後の夜に少しずつ設計を進めたものです。
基本的には自分が欲しいものを作り、もし欲しい方がいらっしゃいましたらどうぞといったスタンスでした。
学生だった頃、そして社会人になりたての頃はお金がありませんから、MSX周辺機器が欲しいと思っても、なかなか買えなかったのです。
あの頃は、まだ設計・製作の能力も未熟でした。
それから本業でさまざまな経験を積んで、ようやく自由に作れるようになり、しかもブラック企業から解放されたので、色々作ってみようと取り組み始めました。
手始めにMSX用ユニバーサル基板を自分で設計して売り出したのでした。昔、サンハヤトから売られていた物はとっくに廃止品でしたから、ほしければ作るしかないわけです。
当時、その前の仕事から付き合いのあった国内基板メーカーに頼んだので費用が結構かかりました。レジストとシルクを無くして費用を最低限に抑えつつ、これで元が取れるだろうか?と、賭けのようなものでした。
MSXの規格に載っている基板寸法を調べようと、MSXテクハンだったかな、国会図書館の複写サービスを利用して資料を取り寄せたのでした。今のようにオンラインで自由に見られるようになっていなかった頃です。送ってくるまで2週間以上かかったような気がします。
何ページに載っているか分からないから、まず最初に目次だけ取り寄せ、それを見てページを推測し、載っていそうなページを前後含めて指定して、また取り寄せてようやく必要な情報を得たのでした。
同時に、サンハヤトの基板の使い古しが手元に1枚だけ有り、それを実測しました。そしてカードエッジコネクタのデータシートにもパターンの参考例が載っていたので参考にしました。
ところが、カードエッジ部分の基板外形幅を66mmにしたところが、規格では65.4mmだったか。これは後で指摘を受けて修正したのでした。66mmでは差し込みが少しきつくなります。
その次は増設RAMだったっけ。これは初めてのMSX(HB-101)にRAMが16KBしかなくて、時々32KBを求めるソフトが動かず悔しかった気持ちが長年の熟成を経て具現化したようなものです。
それから拡張スロットボックス。ケース(市販)の都合で3スロット分のバージョン。そのあとに4スロット。
あとは色々あって一度に思い出せませんが、とにかく色々作りまくりました。
SC-3000の復刻版SC3K-2011は、まだブラック企業の奴隷だった頃に、帰宅後の夜に少しずつ設計を進めたものです。
2026.01.29 20:10
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