FS-A1ST (久しぶりに)
2026.02.08
FS-A1ST
気がついてみれば随分長い間使っていませんでした。
本日、久しぶりに引っ張り出して通電してみようというわけです。
FDDのゴムベルト駆動が厄介で、前回交換してから何年も経っているからたぶんダメかも。
別のFDDにフレキの変換基板を付けて交換したら良い。
今回は、とりあえず外付FDDを付けて起動させます。
フロッピーはどうしたっけ。どこに置いたっけ。
学生の頃からのフロッピーは、保管箱に入れていたがカビだらけ、もうダメだろうと。
カビのついた所だけ綿棒にアルコールで落としたら、と思っても全体的にカビが回っているのか固着しているのか知らないけど、ディスクの回転が重くなって回らないのがある。
回転時、ガサガサガサ・・・と音がしてエラーになる。ヘッドが汚れたり傷がつくからダメ。
MZの方は5インチから3.5インチへバックアップしていたが、そこで買いだめしていた2DDが足りなくなり、MSXのほうに回せなかった。
フリマサイトから2DDを買い足す事にします。
それから電解コンデンサの交換。
FS-A1STの発売は確か1991年。製造されてから35年も経過。もうそんなに。
学生の頃、アルバイトで頑張って貯金して買ったんだった。
買いに行く時、同級生が何人かついてきてくれた。値段交渉するとか言って。
FS-A1STの箱を抱えての帰り・・・箱に手提げが付いていたと思う。それを抱えてバスに乗り、下宿に帰って早く動かしてみたくてワクワク。
帰ってから仲間と試してみたけど、何をどうしたのかまでは覚えてない。
速いっていうけど、どんだけ速いの?って、絶対試したはず。
まだよくわかってなくて、今までのソフトは今まで通り(Z80)よねって。
これを使って卒業研究のプログラムを作ったりデバッグしたり、相棒はレイ・トレーシングにハマっていて、その計算には長時間かかっていた。それでFS-A1STを貸してくれって。しばらく貸しっぱなしに、そしてつけっぱなしで動いていた。
をいをい、そろそろ返してもらわないとこっちが困るというわけで、返してもらった。
その計算は別にPC98でも良くて、表示をFS-A1STですれば良いだけなのです。ちょうど学校にPC-9801DAが入って、実習室にたくさん並んでいた。試してみたら、速いなあ~って。
処理を分割して、たとえばひとつの画面を4分割とかに計算を分けて、フロッピー4枚にするわけだ。それを朝来た時に仕込んでおき(日中、誰も使ってなければよいが)、放課後に回収していた。電気代タダでFS-A1STの計算よりも速い。
いまのPCならリアルタイムで余裕でやれる計算だろうけど、当時はそんなものだった。
ものすごい時間をかけて計算し、パチンコ玉を並べたものがくるくる回るだけでも感動していた。
光源を見ることはできるのか?などと相棒に質問していた。
バーチャル空間のどこかに光源と物体を置いて、光源から出た光線と物体で反射した光線を追跡していく計算。
自分は卒業研究でZ80マイコンを作り、そのためのOSというほどでもないが、BIOSとデバッグモニタを自作した。LED電光掲示板を制御するもので、フォントも全部手作り。
当時はネットというよりもパソコン通信をするようなお金もなく、回線も引けないから、どこかに有るものをダウンロードという手は使えない。
学校を卒業して実家に戻り、そこでMSXマガジン等を購読しながらいじっていたが、FDDの増設は良かった。配線の引き出しが少々厄介だったけれど。
さらにRAM増設をやってみたところで、過去にも書いたように失敗。当時は未熟者だった。一応、当時の会社で「試作部隊・秘密工作員」を自称していたが、まだまだだった。
ICソケットを使ったのだけど、それが板バネの片側接触の安物。接触が悪かった。起動時、RAM容量が増えたり減ったりする。使用中におかしくなったりしたわけだ。RAMディスクとして使っていた記憶。
別のちゃんとした丸ピンソケットか、直接ハンダ付けかというところで、それでICソケットをはずそうとしたところが・・・まともな道具が無いからパターンを剥がしてしまい、そこで終了。
今は有るけど当時は回路図なんか手に入らない。あれは特殊な基板で、銅ペーストと呼ばれていたけど、輻射ノイズ対策のために基板の表面が銅箔で覆われている。
部分的にしかパターンが顔を出していない。
どれがどこにつながっているのか、目で追えない。テスターで必死になって探ってみたりしたけどわからない。当時の必死のメモが、まだ残っている。
当時持っていた道具なんて、スッポンとハンダ吸い取り線ぐらい。ソケットがはずれないから、ニッパーでソケットを割ってはずそうとして悪戦苦闘したのが地獄の入口だったな。
そこで意地になって、熱くなってしまってそのまま突き進むから失敗した。
その基板はパーになり、いつか必ずと思いながら保管していたが、どうしようもなくて結局捨てた。(とっておけばよかった)
幸い、知り合いから基板だけ入手して復活できて助かった。こうして現在に至る。
いまでは修理の仕事でもメシを食っているし、ハンダ吸取機だって良い機材を3台持ってる。
だから今から電解コンデンサを交換するのは安心だろうけど、やっぱりあの一件がトラウマになっているんだなあ。
気がついてみれば随分長い間使っていませんでした。
本日、久しぶりに引っ張り出して通電してみようというわけです。
FDDのゴムベルト駆動が厄介で、前回交換してから何年も経っているからたぶんダメかも。
別のFDDにフレキの変換基板を付けて交換したら良い。
今回は、とりあえず外付FDDを付けて起動させます。
フロッピーはどうしたっけ。どこに置いたっけ。
学生の頃からのフロッピーは、保管箱に入れていたがカビだらけ、もうダメだろうと。
カビのついた所だけ綿棒にアルコールで落としたら、と思っても全体的にカビが回っているのか固着しているのか知らないけど、ディスクの回転が重くなって回らないのがある。
回転時、ガサガサガサ・・・と音がしてエラーになる。ヘッドが汚れたり傷がつくからダメ。
MZの方は5インチから3.5インチへバックアップしていたが、そこで買いだめしていた2DDが足りなくなり、MSXのほうに回せなかった。
フリマサイトから2DDを買い足す事にします。
それから電解コンデンサの交換。
FS-A1STの発売は確か1991年。製造されてから35年も経過。もうそんなに。
学生の頃、アルバイトで頑張って貯金して買ったんだった。
買いに行く時、同級生が何人かついてきてくれた。値段交渉するとか言って。
FS-A1STの箱を抱えての帰り・・・箱に手提げが付いていたと思う。それを抱えてバスに乗り、下宿に帰って早く動かしてみたくてワクワク。
帰ってから仲間と試してみたけど、何をどうしたのかまでは覚えてない。
速いっていうけど、どんだけ速いの?って、絶対試したはず。
まだよくわかってなくて、今までのソフトは今まで通り(Z80)よねって。
これを使って卒業研究のプログラムを作ったりデバッグしたり、相棒はレイ・トレーシングにハマっていて、その計算には長時間かかっていた。それでFS-A1STを貸してくれって。しばらく貸しっぱなしに、そしてつけっぱなしで動いていた。
をいをい、そろそろ返してもらわないとこっちが困るというわけで、返してもらった。
その計算は別にPC98でも良くて、表示をFS-A1STですれば良いだけなのです。ちょうど学校にPC-9801DAが入って、実習室にたくさん並んでいた。試してみたら、速いなあ~って。
処理を分割して、たとえばひとつの画面を4分割とかに計算を分けて、フロッピー4枚にするわけだ。それを朝来た時に仕込んでおき(日中、誰も使ってなければよいが)、放課後に回収していた。電気代タダでFS-A1STの計算よりも速い。
いまのPCならリアルタイムで余裕でやれる計算だろうけど、当時はそんなものだった。
ものすごい時間をかけて計算し、パチンコ玉を並べたものがくるくる回るだけでも感動していた。
光源を見ることはできるのか?などと相棒に質問していた。
バーチャル空間のどこかに光源と物体を置いて、光源から出た光線と物体で反射した光線を追跡していく計算。
自分は卒業研究でZ80マイコンを作り、そのためのOSというほどでもないが、BIOSとデバッグモニタを自作した。LED電光掲示板を制御するもので、フォントも全部手作り。
当時はネットというよりもパソコン通信をするようなお金もなく、回線も引けないから、どこかに有るものをダウンロードという手は使えない。
学校を卒業して実家に戻り、そこでMSXマガジン等を購読しながらいじっていたが、FDDの増設は良かった。配線の引き出しが少々厄介だったけれど。
さらにRAM増設をやってみたところで、過去にも書いたように失敗。当時は未熟者だった。一応、当時の会社で「試作部隊・秘密工作員」を自称していたが、まだまだだった。
ICソケットを使ったのだけど、それが板バネの片側接触の安物。接触が悪かった。起動時、RAM容量が増えたり減ったりする。使用中におかしくなったりしたわけだ。RAMディスクとして使っていた記憶。
別のちゃんとした丸ピンソケットか、直接ハンダ付けかというところで、それでICソケットをはずそうとしたところが・・・まともな道具が無いからパターンを剥がしてしまい、そこで終了。
今は有るけど当時は回路図なんか手に入らない。あれは特殊な基板で、銅ペーストと呼ばれていたけど、輻射ノイズ対策のために基板の表面が銅箔で覆われている。
部分的にしかパターンが顔を出していない。
どれがどこにつながっているのか、目で追えない。テスターで必死になって探ってみたりしたけどわからない。当時の必死のメモが、まだ残っている。
当時持っていた道具なんて、スッポンとハンダ吸い取り線ぐらい。ソケットがはずれないから、ニッパーでソケットを割ってはずそうとして悪戦苦闘したのが地獄の入口だったな。
そこで意地になって、熱くなってしまってそのまま突き進むから失敗した。
その基板はパーになり、いつか必ずと思いながら保管していたが、どうしようもなくて結局捨てた。(とっておけばよかった)
幸い、知り合いから基板だけ入手して復活できて助かった。こうして現在に至る。
いまでは修理の仕事でもメシを食っているし、ハンダ吸取機だって良い機材を3台持ってる。
だから今から電解コンデンサを交換するのは安心だろうけど、やっぱりあの一件がトラウマになっているんだなあ。
2026.02.08 07:56
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