デガーベージを見る
2026.02.22
いまさらBASICなんて、と思いますが、Pythonは忘れてもMSX-BASICは身に染み込んでいるのか、いまでも覚えています。ちょっとしたテストにはピッタリです。
たいていの事はわかったような気分でしたが、未だに知らない事があります。動作を早くするための工夫は、たとえば整数型変数を使うとか色々ありますが、手っ取り早くマシン語に逃げてしまった感じがします。
BASICインタプリタ特有の現象で、知らないこともあるものです。デガーベージもそのひとつです。
ガーベッジ・コレクションという言葉のほうが知られているかも。言いたいことは同じです。
古くて新しい問題のようで、いまどきの言語でもガーベッジ・コレクションは有ります。
このプログラムで、デガーベージを体験できます。(de-garbage、ごみ捨て)
10 '
15 DEFINT A-Z:CLEAR 10000:DIM A$(200)
16 TIME=0
20 FOR I=1 TO 200
25 A$(I)=STR$(I)+"ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ1234567890#$%&()"
30 NEXT
35 T0=TIME
40 FOR I=1 TO 200
45 A$=A$(I):PRINT A$:NEXT
50 PRINT T0:PRINT TIME:END
実行すると、途中で引っ掛かり、また動いてひっかかります。
何が起きているのか。
(※引用)
文字列の連結や書き換えを行うと、書き換える前の文字列はそのままにしておいて、新しい文字列を別のメモリ・エリアに次々に書いていきます。こうして使えるメモリ・エリアが一杯になると、前に使った領域を整理して古い文字列を消し、その後にまた書いていきます。この作業を文字列のデガーベージと呼びます。
CLEAR 10000で確保した領域がいっぱいになったのをBASICインタプリタが整理する間、プログラムが止まってしまいます。
たとえば、リアルタイムで動作するプログラムでこんな現象が発生したら困りますという話。
もしCLEAR 20000にしたら引っかかることなく短時間で終わります。
解決方法が書かれていて、
(1)文字列の書き換えをできるだけ少なくする。
(2)強制的にデガーベージをさせる。たとえば待ち時間の間にPRINT FRE(A$) これはBASICの方言によって異なる。
それでも手に負えない場合の解決方法も述べられていましたが割愛します。
もしBASICでテキストエディタを自作したら、こんな問題が起きそうです。でも実際にはBASICではなくマシン語などで作り、領域は自分で管理しますね。
そういえばテキストエディタを当時(高校生の頃)作ろうとして、この本を見ていたような気がします。
文字や行を追加したら、その後の領域を後ろにずらしますね。画面に例えればスクロールです。文字を削除したら、今度はその文字の後ろの領域を前に詰める。
テキストエディタは結局自分で作ることなく、MSX-DOS2関連でKIDとかAKIDを使っていました。
※「super BASIC」(岡村迪夫著)(CQ出版社)P.114~115より。
たいていの事はわかったような気分でしたが、未だに知らない事があります。動作を早くするための工夫は、たとえば整数型変数を使うとか色々ありますが、手っ取り早くマシン語に逃げてしまった感じがします。
BASICインタプリタ特有の現象で、知らないこともあるものです。デガーベージもそのひとつです。
ガーベッジ・コレクションという言葉のほうが知られているかも。言いたいことは同じです。
古くて新しい問題のようで、いまどきの言語でもガーベッジ・コレクションは有ります。
このプログラムで、デガーベージを体験できます。(de-garbage、ごみ捨て)
10 '
15 DEFINT A-Z:CLEAR 10000:DIM A$(200)
16 TIME=0
20 FOR I=1 TO 200
25 A$(I)=STR$(I)+"ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ1234567890#$%&()"
30 NEXT
35 T0=TIME
40 FOR I=1 TO 200
45 A$=A$(I):PRINT A$:NEXT
50 PRINT T0:PRINT TIME:END
実行すると、途中で引っ掛かり、また動いてひっかかります。
何が起きているのか。
(※引用)
文字列の連結や書き換えを行うと、書き換える前の文字列はそのままにしておいて、新しい文字列を別のメモリ・エリアに次々に書いていきます。こうして使えるメモリ・エリアが一杯になると、前に使った領域を整理して古い文字列を消し、その後にまた書いていきます。この作業を文字列のデガーベージと呼びます。
CLEAR 10000で確保した領域がいっぱいになったのをBASICインタプリタが整理する間、プログラムが止まってしまいます。
たとえば、リアルタイムで動作するプログラムでこんな現象が発生したら困りますという話。
もしCLEAR 20000にしたら引っかかることなく短時間で終わります。
解決方法が書かれていて、
(1)文字列の書き換えをできるだけ少なくする。
(2)強制的にデガーベージをさせる。たとえば待ち時間の間にPRINT FRE(A$) これはBASICの方言によって異なる。
それでも手に負えない場合の解決方法も述べられていましたが割愛します。
もしBASICでテキストエディタを自作したら、こんな問題が起きそうです。でも実際にはBASICではなくマシン語などで作り、領域は自分で管理しますね。
そういえばテキストエディタを当時(高校生の頃)作ろうとして、この本を見ていたような気がします。
文字や行を追加したら、その後の領域を後ろにずらしますね。画面に例えればスクロールです。文字を削除したら、今度はその文字の後ろの領域を前に詰める。
テキストエディタは結局自分で作ることなく、MSX-DOS2関連でKIDとかAKIDを使っていました。
※「super BASIC」(岡村迪夫著)(CQ出版社)P.114~115より。
THE LINKSの解析と活用
2026.02.22
とりあえず8251のI/Oアドレスは・・・
ROMを逆アセして検索してみると、どうやらD8hとD9hのようだ。
D8hはコマンド/ステータス、D9hはデータレジスタだろう。
フックリレーの制御は、単独のI/Oアドレスは割り付けてないんじゃないか。
8251のどれかの出力ピン(汎用出力として使えるピンがある)を割り当てていそうな気がする。
たとえばRTSとかDTR、DSRピン。
テスターで追ってみるか、レジスタを操作してカチッと鳴ればそれだろう。
BASICで通信プログラムを作ったら単純に通信できんかな。
8251のレジスタを直接読み書きする。
最初に初期化して、あとはステータスを見ながら送信可能になったらデータレジスタに送信データを入れる。
ステータスを見て、受信データがあればデータレジスタを読む。たったこれだけ。
最近いじってなくて、記憶だけで書いているから間違ってるかも。
ボーレートどうなってるだろう。
ひょっとしたら・・・他との互換性をなくすため、標準的なボーレートじゃなかったりして?
でも1200bpsだったような気がするけどな。
MSM6927(1200bpsモデムIC)を使っているバージョンと、ハイブリッドICを使っているバージョンの両方がある。モデムICの規格上、やはり1200bpsと考えられる。
1200bpsなんて懐かしいなあ。社会人になってから初めて手に入れたパソコン通信の機材は、PC-98LTだった。ジャンク屋から買ったやつ。
持ち運びにあこがれていて、しかしお金が無いからそんな物を。
内蔵モデムは300/1200bpsでしかもV.25bisだっけ。誰も知らないだろうな。それでもWTERMが対応していたから助かった。WTERMのPC-98LT版が有り、V.25bisコマンドも対応していた。
ROMを逆アセして検索してみると、どうやらD8hとD9hのようだ。
D8hはコマンド/ステータス、D9hはデータレジスタだろう。
フックリレーの制御は、単独のI/Oアドレスは割り付けてないんじゃないか。
8251のどれかの出力ピン(汎用出力として使えるピンがある)を割り当てていそうな気がする。
たとえばRTSとかDTR、DSRピン。
テスターで追ってみるか、レジスタを操作してカチッと鳴ればそれだろう。
BASICで通信プログラムを作ったら単純に通信できんかな。
8251のレジスタを直接読み書きする。
最初に初期化して、あとはステータスを見ながら送信可能になったらデータレジスタに送信データを入れる。
ステータスを見て、受信データがあればデータレジスタを読む。たったこれだけ。
最近いじってなくて、記憶だけで書いているから間違ってるかも。
ボーレートどうなってるだろう。
ひょっとしたら・・・他との互換性をなくすため、標準的なボーレートじゃなかったりして?
でも1200bpsだったような気がするけどな。
MSM6927(1200bpsモデムIC)を使っているバージョンと、ハイブリッドICを使っているバージョンの両方がある。モデムICの規格上、やはり1200bpsと考えられる。
1200bpsなんて懐かしいなあ。社会人になってから初めて手に入れたパソコン通信の機材は、PC-98LTだった。ジャンク屋から買ったやつ。
持ち運びにあこがれていて、しかしお金が無いからそんな物を。
内蔵モデムは300/1200bpsでしかもV.25bisだっけ。誰も知らないだろうな。それでもWTERMが対応していたから助かった。WTERMのPC-98LT版が有り、V.25bisコマンドも対応していた。
THE LINKS
2026.02.22
以前、THE LINKSのカートリッジが懐かしくて2個も買ってしまったが、
別に実用性もなく、2個同士でEND to END通信を試してみるぐらいしか使いようがない。
早い話が、ゴミ。
でもそれは当時できなかった事だな。MSXもう1台は友達に協力してもらえばよかったけど、LINKSモデムは1個しか無かった。他に持っている奴も知らなかった。
当時でも1200bpsは遅かった。テンテンテンテン・・・と音を出しながらダウンロードしていたような記憶がある。長く待たされた記憶。
当時でも思っていたけど、THE LINKSの専用じゃなくて、一般のパソコン通信にも使えるようになっていたら良かったのに、と思う。大人の事情もあったかもしれないけど。
せっかくのモデム回路なのだから、活用したら?

ROMをどうやって吸い出すかって?
ハンダを吸い取ってROMを取り外し、ROMライターで読み込む。それをPCに送って保存する。
逆アセ時にはアドレスを4000h~とする。
そんなことしなくたって後差し・・・自分の慣れた方法でいいじゃない。
8251が載っているので、改造してRS-232Cレベルコンバータを付ければ、一般のモデムや他のRS-232Cつきのパソコンとも通信できる。(ソフトは自作の必要あり)
いまそんな事を思っても意味ないが・・・当時やらなくちゃね。でも当時はそこまでの知識がなかった。情報がなかった。いまとなっては・・・
やっぱりゴミか。
どれだけの人がTHE LINKSカートリッジを持っているだろう。
今さら、これを活用する改造ハードウェアやプログラムを作った所で自分だけの満足でしかないだろうな。
まさか、今さらこれを使えるようにするホスト側のサービスを立ち上げたりして?
添付書類の中にIDとパスワードの紙が入っているのが侘しい。もう使えないんだ。そう思うと、あれは夢か幻だったのか・・・・・・
別に実用性もなく、2個同士でEND to END通信を試してみるぐらいしか使いようがない。
早い話が、ゴミ。
でもそれは当時できなかった事だな。MSXもう1台は友達に協力してもらえばよかったけど、LINKSモデムは1個しか無かった。他に持っている奴も知らなかった。
当時でも1200bpsは遅かった。テンテンテンテン・・・と音を出しながらダウンロードしていたような記憶がある。長く待たされた記憶。
当時でも思っていたけど、THE LINKSの専用じゃなくて、一般のパソコン通信にも使えるようになっていたら良かったのに、と思う。大人の事情もあったかもしれないけど。
せっかくのモデム回路なのだから、活用したら?

ROMをどうやって吸い出すかって?
ハンダを吸い取ってROMを取り外し、ROMライターで読み込む。それをPCに送って保存する。
逆アセ時にはアドレスを4000h~とする。
そんなことしなくたって後差し・・・自分の慣れた方法でいいじゃない。
8251が載っているので、改造してRS-232Cレベルコンバータを付ければ、一般のモデムや他のRS-232Cつきのパソコンとも通信できる。(ソフトは自作の必要あり)
いまそんな事を思っても意味ないが・・・当時やらなくちゃね。でも当時はそこまでの知識がなかった。情報がなかった。いまとなっては・・・
やっぱりゴミか。
どれだけの人がTHE LINKSカートリッジを持っているだろう。
今さら、これを活用する改造ハードウェアやプログラムを作った所で自分だけの満足でしかないだろうな。
まさか、今さらこれを使えるようにするホスト側のサービスを立ち上げたりして?
添付書類の中にIDとパスワードの紙が入っているのが侘しい。もう使えないんだ。そう思うと、あれは夢か幻だったのか・・・・・・
無限に電話できる説
2026.02.22
赤い公衆電話は懐かしいけど、通話の一定時間ごとに10円玉が落ちる。
そうだ、落ちるんだったら、落ちなくすれば良いんじゃないかと
電話機を横倒しにしたら「落ちなくて」ずっと通話できるんじゃないかと
学生時代に思いついた。
いつもつまらない事ばかり思いついたものである。
今なら無料通話の手段はいくらでもある。
当時でもそんな長時間話す必要もないし、意味ないだろって思うけど。
当時の学校の1Fには電話コーナーがあり、そこに赤い公衆電話が置かれていた。
事務所と受付は、その隣にあった。
友人に思いつきを話したら、試してみようって事になった。
最初に10円を入れるとツーと音がして通話可能状態になる。
そこで何となく横倒しにしたら、ガシャーッって金庫の10円玉がぶちまけられてしまった。
鍵が付いているかと思ったら、付けてなかったんだね。
ものすごい音をたててそこらじゅうに10円玉を散らかしてしまい、めちゃめちゃ怒られたような、そんな記憶があります。
真似しないでね。絶対。
そして、たぶん・・・横倒しでもきちんと動作するように作られていたはず。
まあ、オークションなどで赤い公衆電話が手に入ったら、かつ、疑似交換機などで課金信号を送ることができたら、自分で試す分には自由なので確かめてみて満足したら良いでしょう。
オチの無い話でした。
そうだ、落ちるんだったら、落ちなくすれば良いんじゃないかと
電話機を横倒しにしたら「落ちなくて」ずっと通話できるんじゃないかと
学生時代に思いついた。
いつもつまらない事ばかり思いついたものである。
今なら無料通話の手段はいくらでもある。
当時でもそんな長時間話す必要もないし、意味ないだろって思うけど。
当時の学校の1Fには電話コーナーがあり、そこに赤い公衆電話が置かれていた。
事務所と受付は、その隣にあった。
友人に思いつきを話したら、試してみようって事になった。
最初に10円を入れるとツーと音がして通話可能状態になる。
そこで何となく横倒しにしたら、ガシャーッって金庫の10円玉がぶちまけられてしまった。
鍵が付いているかと思ったら、付けてなかったんだね。
ものすごい音をたててそこらじゅうに10円玉を散らかしてしまい、めちゃめちゃ怒られたような、そんな記憶があります。
真似しないでね。絶対。
そして、たぶん・・・横倒しでもきちんと動作するように作られていたはず。
まあ、オークションなどで赤い公衆電話が手に入ったら、かつ、疑似交換機などで課金信号を送ることができたら、自分で試す分には自由なので確かめてみて満足したら良いでしょう。
オチの無い話でした。
公衆電話とテレホンカードと
2026.02.22
ずいぶん前から、公衆電話はあまり見かけなくなりました。コンビニの前に有ったりするけれど。有っても、いつの間にか撤去されてしまったり。
身近なところで知る限り、2か所ほど無くなってしまいました。住宅街の中の電話ボックス、そしてバスターミナルの中。
その一方で、よその市だけど、学生時代に利用した電話ボックスが現在もまだ残っているのは面白い。
下宿屋にも各部屋に電話があったけど、料金でモメたから、意地でも部屋の電話は使わないで近所の電話ボックスを利用していた。
バスターミナルのは撤去してよかったのか? バス待ちの間に時々利用者を見かけていたから、そこそこ需要があったんだろうけど・・・儲からないと言われたら、きりがないけど。
災害対策などで、ある範囲内に何台とか決まってるんじゃなかったっけ。
最後に公衆電話を使ったのは、携帯の契約を変えた時じゃなかったか。5年かもっと前。
ショップだったら通話テストもしてくれるかもしれないが、通販だったので自分でSIMを差し替えて設定しないといけない。
アンテナマークは出てるから大丈夫だろうと思っても、たまたまだったか、誰からも・・・ちっともかかってこないので大丈夫かと不安になり、公衆電話から自分のスマホにかけてみたりした。(笑)
テスト用の番号があることは当時認識しておらず、そして知人にかけてみる(逆に、かけてもらう)手もあったが、通話テストだなんて、あまりにもつまらない用事なので止めておいた。
テレホンカードも見かけなくなった。
確か1枚だけ持ってるはず。
三度目の自動車学校の時で、新入生を紹介したらこのテレホンカードと引き換えに1万円くれるとか、なにか言われたっけ。結局、紹介もできずそのまま放置で何十年、いまでは無効だろう。
初めてテレホンカードをもらったか、買ったのは中学生の頃だったか。よく覚えていない。
とにかくテレホンカードを手に入れた。そんなに使う機会もないのに。
そうだ、この表面の図柄を消して、自分で描いたらよいかも?と、イラヌ事を考えたからひどい結果に。
マイナスドライバーか、紙やすりでこすったっけ?
とにかく、印刷の図柄は容易に剥がれてきた。白い面が出てきたので、そこに太いペンしかなかったからヘタクソな絵を・・・やらないほうがマシだった。
へたな塗装で、塗らない方がよかった、そのパターンと類似。
そこで、当時何も知らないから何となく裏面も削ってしまわなかったっけ。表面だけだったのか、はっきり覚えてない。削れるのが面白くて、勢いでやっちまった。
表面だけだったかもしれないけど、余計なことをしたせいで、結果的に磁気がダメになった。公衆電話に差し込んだらそのまま戻ってきた。使えなくなった。大損(500円)。バカタレー。
自分で買ったのは高校生の時で、どこで売ってるのか知らない。当時コンビニなんかほとんどなかった。(昭和末期の地方の市)
確か、商店街を歩いていくと奥のほうに仏具屋さんが有り、そこにテレホンカード有りますって書いてあったので店に入って買った。
高校生が仏具屋さんに何の用事か。奇妙な感じもしましたが、店の方にテレホンカード下さいって話したら出してくれて、お金払って手に入れた。
でも、当時NTTの窓口はあった。距離的には仏具屋さんのほうが近かった。
ラヂヲライフなんかに当時はテレホンカードや電話関係の記事が多くて、でも自分はそんなインチキはしようと思わなかったけど。そんな記事は好奇心を刺激されるので面白かった。
あの緑色のカード式公衆電話のCPUはHD64180、つまりZ80で・・・そのROMの中身を解析するといった記事があったような記憶。
東京某所の公園で、外国人が偽造テレカを売ってるとか何とか。
まあ色々考えるもんで、往復だの2枚を合体させるのだの、やりたい放題。銀河鉄道999も真っ青の無限テレカもなかったっけ?そのうちに規制された。そりゃあ、NTTは大損でしょう。
テレカ以前は10円か100円を入れて通話していました。
10円玉を積み上げておいて、ビーッと鳴るたびに(鳴る前に)チャリン、チャリンと補充したりして。
100円は釣り銭が出ない仕組みだったから、子どもにとっては大損よ。一度だけ100円を使った事があり、もったいなかったと、いつまでもモヤモヤしていました。
まだあの頃は、110番と119番のダイヤルを回す装置が公衆電話にくっついていた。公衆電話は青いやつじゃなかったっけ。それが郵便局の前にあった電話ボックス。
祖母の店にも公衆電話が有り、その10円玉を数える手伝いをしていた。結構溜まるもので、数えるのが大変だった。これを郵便局に持っていって支払うんだって。
いくらだったか、500円か1000円ずつのかたまりを作り、紙で包んだような記憶。
店の人に言って、公衆電話の鍵を回してもらって電話をかける、なんてのは今では全く意味がわからないでしょうね。確か110と119は鍵を回してもらう必要があったのか。
110と119のボタンがある電話はそれを押せば良かったのだけど。
確か、外回りの営業の方が祖母の店に来て、祖母に鍵を回してもらって100番通話か、何かしていたのを近くで見た覚えがある。これも今では無くなったサービスでしょう。
身近なところで知る限り、2か所ほど無くなってしまいました。住宅街の中の電話ボックス、そしてバスターミナルの中。
その一方で、よその市だけど、学生時代に利用した電話ボックスが現在もまだ残っているのは面白い。
下宿屋にも各部屋に電話があったけど、料金でモメたから、意地でも部屋の電話は使わないで近所の電話ボックスを利用していた。
バスターミナルのは撤去してよかったのか? バス待ちの間に時々利用者を見かけていたから、そこそこ需要があったんだろうけど・・・儲からないと言われたら、きりがないけど。
災害対策などで、ある範囲内に何台とか決まってるんじゃなかったっけ。
最後に公衆電話を使ったのは、携帯の契約を変えた時じゃなかったか。5年かもっと前。
ショップだったら通話テストもしてくれるかもしれないが、通販だったので自分でSIMを差し替えて設定しないといけない。
アンテナマークは出てるから大丈夫だろうと思っても、たまたまだったか、誰からも・・・ちっともかかってこないので大丈夫かと不安になり、公衆電話から自分のスマホにかけてみたりした。(笑)
テスト用の番号があることは当時認識しておらず、そして知人にかけてみる(逆に、かけてもらう)手もあったが、通話テストだなんて、あまりにもつまらない用事なので止めておいた。
テレホンカードも見かけなくなった。
確か1枚だけ持ってるはず。
三度目の自動車学校の時で、新入生を紹介したらこのテレホンカードと引き換えに1万円くれるとか、なにか言われたっけ。結局、紹介もできずそのまま放置で何十年、いまでは無効だろう。
初めてテレホンカードをもらったか、買ったのは中学生の頃だったか。よく覚えていない。
とにかくテレホンカードを手に入れた。そんなに使う機会もないのに。
そうだ、この表面の図柄を消して、自分で描いたらよいかも?と、イラヌ事を考えたからひどい結果に。
マイナスドライバーか、紙やすりでこすったっけ?
とにかく、印刷の図柄は容易に剥がれてきた。白い面が出てきたので、そこに太いペンしかなかったからヘタクソな絵を・・・やらないほうがマシだった。
へたな塗装で、塗らない方がよかった、そのパターンと類似。
そこで、当時何も知らないから何となく裏面も削ってしまわなかったっけ。表面だけだったのか、はっきり覚えてない。削れるのが面白くて、勢いでやっちまった。
表面だけだったかもしれないけど、余計なことをしたせいで、結果的に磁気がダメになった。公衆電話に差し込んだらそのまま戻ってきた。使えなくなった。大損(500円)。バカタレー。
自分で買ったのは高校生の時で、どこで売ってるのか知らない。当時コンビニなんかほとんどなかった。(昭和末期の地方の市)
確か、商店街を歩いていくと奥のほうに仏具屋さんが有り、そこにテレホンカード有りますって書いてあったので店に入って買った。
高校生が仏具屋さんに何の用事か。奇妙な感じもしましたが、店の方にテレホンカード下さいって話したら出してくれて、お金払って手に入れた。
でも、当時NTTの窓口はあった。距離的には仏具屋さんのほうが近かった。
ラヂヲライフなんかに当時はテレホンカードや電話関係の記事が多くて、でも自分はそんなインチキはしようと思わなかったけど。そんな記事は好奇心を刺激されるので面白かった。
あの緑色のカード式公衆電話のCPUはHD64180、つまりZ80で・・・そのROMの中身を解析するといった記事があったような記憶。
東京某所の公園で、外国人が偽造テレカを売ってるとか何とか。
まあ色々考えるもんで、往復だの2枚を合体させるのだの、やりたい放題。銀河鉄道999も真っ青の無限テレカもなかったっけ?そのうちに規制された。そりゃあ、NTTは大損でしょう。
テレカ以前は10円か100円を入れて通話していました。
10円玉を積み上げておいて、ビーッと鳴るたびに(鳴る前に)チャリン、チャリンと補充したりして。
100円は釣り銭が出ない仕組みだったから、子どもにとっては大損よ。一度だけ100円を使った事があり、もったいなかったと、いつまでもモヤモヤしていました。
まだあの頃は、110番と119番のダイヤルを回す装置が公衆電話にくっついていた。公衆電話は青いやつじゃなかったっけ。それが郵便局の前にあった電話ボックス。
祖母の店にも公衆電話が有り、その10円玉を数える手伝いをしていた。結構溜まるもので、数えるのが大変だった。これを郵便局に持っていって支払うんだって。
いくらだったか、500円か1000円ずつのかたまりを作り、紙で包んだような記憶。
店の人に言って、公衆電話の鍵を回してもらって電話をかける、なんてのは今では全く意味がわからないでしょうね。確か110と119は鍵を回してもらう必要があったのか。
110と119のボタンがある電話はそれを押せば良かったのだけど。
確か、外回りの営業の方が祖母の店に来て、祖母に鍵を回してもらって100番通話か、何かしていたのを近くで見た覚えがある。これも今では無くなったサービスでしょう。
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