空き缶電子工作
2025.05.19
’80年代前半だっただろうか、
「ラジオの製作」に、空き缶工作シリーズがありました。

キャンデーなどの空き缶に、回路基板を組み込むというものです。
いまのALTOIDSとかじゃなく、ペコちゃんのキャンデー缶とか、太田胃散の缶も(笑)
缶を使うと何が良いかというと、特に高周波の場合シールドの効果があります。

それの前だったか後だったか、缶バッジ工作シリーズもありました。
よくあの中に回路を組み込むものだと思いました。
LEDが点滅するバッジとか、AMラジオ、FMワイヤレスマイクもありました。

一方、「初歩のラジオ」ではカセットケースに回路基板を組み込むシリーズがありました。
デジタルゲームとか、FMワイヤレスマイク等です。

なんというか、これらには何とも言えない魅力を感じておりました。
なんでだろうな。うまく説明できない。

あの頃、
いつも適当に回路を組んで、箱にも入れないで使うから線が切れてしまったり壊れやすかったのです。
とりあえずお菓子の箱など紙だったら容易に加工できました。

ちゃんとした工具も持ってないから金属加工は難題でしたが、せんべいとかクッキーの缶は、鉄(ブリキ)でも薄いから加工が比較的容易でした。
リレーロジック、シーケンス
2025.05.19
子どもの頃に、リレーでロジックを組むことを覚えていたら良かったのになと後悔しています。当時はそんな発想すらありませんでした。

捨てられていた掃除機からリレーを取り外してきて、それで遊んだ記憶はあります。
ホースの持ち手のところについているスイッチで、モーターON/OFFをするためのリレーですね。

AC100V用コイルだから電池では動きません。
でもフタをあけて、コイルに電池をつないだまま鉄片を指で押さえてみると微妙に吸い付く事がわかりました。
そして結線を変えてみると、その鉄片を押さえている時に(微妙な押し加減で)ジーッと火花を出しながら振動する事がわかりました。フリッカー回路が偶然できてしまったわけです。

そのジーッと鳴っているときにテレビやラジオに妨害電波が入りました。

自分としては火花式電信機を再現したみたいな最高の気分でしたが・・・コヒーラーを作る所までは至りませんでした。
でんじろう先生の実験だとアルミホイルの玉で十分なんですが、当時は全く思いつきません。
アルミの粉じゃないとダメと信じていて、ひたすらヤスリで削ってアルミの粉を集めようとしましたけれど根性が続きませんでした。

電話交換機にも執着しており、親父が拾ってきたものは解体された状態で動かなかったものですから、なんとか自分で動くようにしたかったけれど当時の実力では全くダメでした。

あの頃の自分に、自由に使い放題のリレーや材料などと参考文献などをたくさん与えたい気持ちです。
マイナのカバー
2025.05.19
マイナンバーカード

最初は個人番号を隠す必要があり、そのカバー(ビニール)には塗りつぶし部分が有りました。
いまはその部分には塗りつぶしはありません。

ある時、コーノタローがカバーは不要だと言い出したような気がします。
そして、持ち歩いて使うもんだと言いました。

そうだなあ、と思ってカバーは捨てて持ち歩くようにしました。

ついこの前、電子なんとか証明書の更新が必要だとかで役所へ行きました。

手続きは意外と早く済んで拍子抜けでしたが、その際、カバーをつけませんかと言われました。

(カバーをつけると財布のカード入れに入りにくいから外してるんだが)

もらえるというのでもらいました。

ICを保護するのに必要だそうです。

それなら・・・キャッシュカードやクレジットカードなどのIC付きのやつもカバーいるじゃないか、と思いました。

電子ライターでカチカチ火花を飛ばしたり、よほどひん曲げたりしなければ大丈夫じゃないかと個人的には思っています。そもそも端子なしにしたらどうかと思います。

振替休日
2025.05.19
子どもの頃、振替といえば通販で使う郵便振替しか知らなかったわけです。

そこで振替休日

郵便振替の使えない日なのか、たまには休みも必要だろうなと、そういう解釈をしていました・・・。

正しい意味は、(本来休みの)日曜日に行事をしたから、月曜は休みにしようということなのです。


そういえば郵便為替というものもありました。やはり通販には必要なものでした。

ずいぶんご無沙汰していましたが、意外と近年でも使った事があります。
パスポートの更新で、戸籍謄本(抄本?)が必要になり、実家の近くの役場へ郵送で申請したのでした。
その料金を郵便為替で同封して支払い、というわけです。


郵便為替は安く送金する手段のひとつでした。窓口に行って買わないといけないので、その面倒さは有りましたけれど。

普通郵便に現金を入れて送るのは違法で、なくなったときの保証もないのです。まず小銭を入れていれば音や感触でわかってしまい、返送されます。
それでも、現金書留だってその料金は当時最低400円以上はしました。(なるべく紙幣にまとめて軽くなるようにするのが大切)

定型〒の切手代だけで送れるならば、しかも窓口へ出しに行かなくて済むので、こっそり送金したこともあります。目立たないようになるべく千円札で済むようにまとめるのです。
それを注文書などの紙で包んで見えにくいようにします。(真似したらだめだよ)

昭和の末期頃までは、切手である程度の金額まで支払いができました。たぶん金券屋が買ってくれたり、送料として使える(これは現在でもゆうパックで切手支払可能)からでしょう。
そのうちに切手支払不可!!と広告に書かれるようになりました。
あの共立電子も、昔は切手支払い可能だったのです。スーパービデオ(今は無い)も。

郵便局の窓口で切手ばかり3000円以上も買ったりして、何に使うのか怪しいちうがくせいの私でした。しかも窓口は同級生のお母さんだったりして、余計に面倒なことでした。とくに田舎だし、あれこれ聞かれたりして。こっちの行動は自分の親にも筒抜けです。

別に何も悪いことではありません。スーパービデオからジャンクを買うだけです。その行動自体は、うちの親から見れば「またガラクタ買って!!」という叱責の対象になるだけです。

郵便振替だと少々時間はかかるし窓口に行かないといけませんが(今はATMも可)、送金の手数料は安く済みました。
運動会
2025.05.18
我々の年代は運動会といえば秋でしたが、今は5月頃に行うところが多いようです。

そもそもなんで秋だったか。スポーツの秋だから秋なのか。なんで秋はスポーツなのか。

明日は地獄の運動会~なんて歌がありましたけれど、

記憶では、
運動会へ向けての練習を繰り返して疲れ果て、グラウンドの砂にまみれた記憶しかなく
ただ疲れただけ。

かけっこではいつも最下位。

一家総出で見に来たのは小学校まで。

グラウンド周囲にはられたテントの下にゴザを敷いて、そこで弁当を広げたわけですが、時折舞い上がるグラウンドの砂ぼこりをかぶり、あわててフタをしてもすでに遅く
おにぎりを頬張るとジャリッとしたり・・・

高校のときは大雨で中止か延期になった事があって、やったラッキー

このときの記憶はハッキリしないが、あとで放送があって授業に切り替わってガッカリしたか、どうだったか。
とりあえず教室で弁当を食べて、解散になったのか覚えてない。

授業でも運動会でもどっちでも対応できるように準備してから登校しろって言われたような言われなかったような。

間違いなく言えるのは、
延期じゃなくて中止しろよ面倒くさいし、と思ったのは確かだろう(笑)

男ばっかりのむさくるしくて暑苦しい学校だった。

エッサッサという応援の練習
これは最近調べると日体大がやっているのを誰かが導入したようだ。
声が出てないだの何だので応援団長ブチ切れ!

応援歌の歌詞を一発で覚えろ!!とか無茶を言う。
まず先輩が歌うから、おまえら、それを聞いて一発で覚えろ!!

プリントぐらい事前に配っとけ(忘れたんだろう)とか思いながら、みんな不完全にしか覚えてなく自信なく歌うからそれで応援団長が再びブチ切れる。

このあたりは記憶が確かでなく、ひょっとしたら歌詞は生徒手帳か何かに載っていて、ただ、どんな曲なのかわからないから先輩方が歌うのを聞けという話だったかもしれない。

あとは、エーッサッサ、エッサッサ、エッサエッサエッサッサ・・・という掛け声に合わせて腕を動かしていく。もちろん最大限でっかい声を出すのである。

怖い先輩方が我々の周囲を歩き回り、「お前、声がでてないぞ」「ヨシというまで中腰だ」

中腰って何? 知らないから聞いた。聞いたらキレられるかなと思いながら。

そのあとは、ただ無心にロボットのように身体を動かすのみでした。(早く終われー、だるい面倒くさいと思いながら)

まるで軍隊か刑務所のような男ばっかりの学校でありました。

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