16KBの壁
2026.01.21
HB-101でRAM16KBは十分な容量でした。
最初は何も知りませんから、BASICで12431bytes freeと表示されるのを見て、16KBって12,431バイトなんだと思ったかもしれません。
16KBは16,384バイトだけど、BASICのワークエリアがあるので自分がBASICで使えるのはそれだけのバイト数だよっていう意味。
16KBで十分かと思ったら、たまに32KBを要求されるソフトがあって、その時だけは不満でした。なんだ32KBじゃないと動かないのかとガッカリ。
高校1年の時にプリンタを買ったら、画面コピーユニットというカートリッジが付属していました。
それは内部にRAMを持っていて、画面コピーとして使わない時は切り替えて本体RAMの増設用になるという物。
これでとりあえず32KB使えるようになりました。
画面コピーを当時は勘違いしていて、ビデオキャプチャーだと思っていたのです。これで好きなアニメを取り込んでカラー印刷できると思っていたら、現実は違っていた。
それは単純に、MSXの画面を印刷するだけだったのです。
ビデオ信号の取り込みではありませんでした。(カートリッジを最初取り出した時、どこにビデオ信号の端子があるんだろうと思った)
PAUSEボタンで一時的にMSXの動きを止めておき、画面コピーボタンを押すとプリンタが動き出して印刷されるというものでした。
そういえばPAUSEボタンの操作で時々暴走したことがあったような。あれは何だったんだろうと、後年になってHB-101の回路図を追ってみたりしました。
そのうちに64KBのRAMを持つMSXが登場したけれど、
BASICで使えるフリーエリアは32KB機と同じ、どうやってあとの32KBを使うのかが最初全くわかりませんでした。
最初は何も知りませんから、BASICで12431bytes freeと表示されるのを見て、16KBって12,431バイトなんだと思ったかもしれません。
16KBは16,384バイトだけど、BASICのワークエリアがあるので自分がBASICで使えるのはそれだけのバイト数だよっていう意味。
16KBで十分かと思ったら、たまに32KBを要求されるソフトがあって、その時だけは不満でした。なんだ32KBじゃないと動かないのかとガッカリ。
高校1年の時にプリンタを買ったら、画面コピーユニットというカートリッジが付属していました。
それは内部にRAMを持っていて、画面コピーとして使わない時は切り替えて本体RAMの増設用になるという物。
これでとりあえず32KB使えるようになりました。
画面コピーを当時は勘違いしていて、ビデオキャプチャーだと思っていたのです。これで好きなアニメを取り込んでカラー印刷できると思っていたら、現実は違っていた。
それは単純に、MSXの画面を印刷するだけだったのです。
ビデオ信号の取り込みではありませんでした。(カートリッジを最初取り出した時、どこにビデオ信号の端子があるんだろうと思った)
PAUSEボタンで一時的にMSXの動きを止めておき、画面コピーボタンを押すとプリンタが動き出して印刷されるというものでした。
そういえばPAUSEボタンの操作で時々暴走したことがあったような。あれは何だったんだろうと、後年になってHB-101の回路図を追ってみたりしました。
そのうちに64KBのRAMを持つMSXが登場したけれど、
BASICで使えるフリーエリアは32KB機と同じ、どうやってあとの32KBを使うのかが最初全くわかりませんでした。
PV-7との縁
2026.01.21
最初にMSXを買おうとした中学生の頃、
やはり予算的に厳しく、PV-7で我慢すると言ったら変だけど、それしかないかと思っていました。でも、RAM容量には不満がありました。
増設RAMを買い足して・・・そうすると他の機種のほうが・・・。
田舎なので選択肢に困るような店はありません。ちょろっとしか置いてありません。
まず、PV-7が陳列されている店(デパート)へ行き、店員さんに聞いてみると在庫がないって。
それじゃ、向かい側の電器店へ行ってみよう。
HB-101が有って、確か¥46,800じゃなかったかな。ゲームソフト無しなら\40,300にしますと言われました。じゃあ、これにしますということで買って帰ってきました。
図書館で読んだ、良いパソコン悪いパソコンという本。これに「ついに出た使い捨てパソコン」と称してPV-7が紹介されていたのにショックを受けました。ひどいなー。
「キャラメルかヌガーを並べたようなキーボード」という文章を今も覚えています。当時ヌガーは知らなかった。
PV-7は直接触る機会がなかったけど、同級生がMX-10を買いました。それを持ってうちに遊びに来たけど、これはこれで小さくまとまってて良いなあ、欲しくなった。
しかも電波が飛ばせるでしょう。私がSC-3000でやっていた事が最初からできるなんて。あの丸い玉の付いたアンテナ。(記憶あいまい)
その後何十年も経過して、実際にPV-7に触れる機会がなかったのです。
たまたまオークションで見つけた、汚れたPV-7(泥がくっついていた)
なんと、たった\500だって。誰も買わない。
落札したら、ほんとにどこで拾ってきたという汚れ具合。一応動くけどキーは強く押さないと受け付けないし。電源アダプタも無い。
できるだけ手入れしました。
主に自分で作ったMSX周辺機器のテスト用として活用していました。
数年後に部屋を掃除したくなり、整備してから売りました。これで一旦は縁が切れました。
そしてまた、去年か・・・動作しないという個体を某フリマから買って、確かに動かない。
かえってこういうのは単純な原因だよなーと思いながら調べていきました。
以前ここに書いたようにROMの不良。マスターとベリファイしてみると特定ビットが異常。
ソケットの接触ではなく、やはりROM自体が不良になっていました。
ROMの不良は過去何度か経験がありました。別のパソコンで。
こうして復活し、電解コンデンサも交換してリフレッシュした個体は今も手元にあります。
やはり予算的に厳しく、PV-7で我慢すると言ったら変だけど、それしかないかと思っていました。でも、RAM容量には不満がありました。
増設RAMを買い足して・・・そうすると他の機種のほうが・・・。
田舎なので選択肢に困るような店はありません。ちょろっとしか置いてありません。
まず、PV-7が陳列されている店(デパート)へ行き、店員さんに聞いてみると在庫がないって。
それじゃ、向かい側の電器店へ行ってみよう。
HB-101が有って、確か¥46,800じゃなかったかな。ゲームソフト無しなら\40,300にしますと言われました。じゃあ、これにしますということで買って帰ってきました。
図書館で読んだ、良いパソコン悪いパソコンという本。これに「ついに出た使い捨てパソコン」と称してPV-7が紹介されていたのにショックを受けました。ひどいなー。
「キャラメルかヌガーを並べたようなキーボード」という文章を今も覚えています。当時ヌガーは知らなかった。
PV-7は直接触る機会がなかったけど、同級生がMX-10を買いました。それを持ってうちに遊びに来たけど、これはこれで小さくまとまってて良いなあ、欲しくなった。
しかも電波が飛ばせるでしょう。私がSC-3000でやっていた事が最初からできるなんて。あの丸い玉の付いたアンテナ。(記憶あいまい)
その後何十年も経過して、実際にPV-7に触れる機会がなかったのです。
たまたまオークションで見つけた、汚れたPV-7(泥がくっついていた)
なんと、たった\500だって。誰も買わない。
落札したら、ほんとにどこで拾ってきたという汚れ具合。一応動くけどキーは強く押さないと受け付けないし。電源アダプタも無い。
できるだけ手入れしました。
主に自分で作ったMSX周辺機器のテスト用として活用していました。
数年後に部屋を掃除したくなり、整備してから売りました。これで一旦は縁が切れました。
そしてまた、去年か・・・動作しないという個体を某フリマから買って、確かに動かない。
かえってこういうのは単純な原因だよなーと思いながら調べていきました。
以前ここに書いたようにROMの不良。マスターとベリファイしてみると特定ビットが異常。
ソケットの接触ではなく、やはりROM自体が不良になっていました。
ROMの不良は過去何度か経験がありました。別のパソコンで。
こうして復活し、電解コンデンサも交換してリフレッシュした個体は今も手元にあります。
PICマイコンを振り返る
2026.01.21
最初のきっかけは1995年12月号のトラ技の特集(例によって間違いも結構あった)
そこで興味を持って、マイクロチップ社のデータブックを取り寄せた。当時は英文のみで分厚い本だった。
当時はネットでPDFファイルを入手することはできなかった。
パソコン通信のアクセスポイントが有り、そこからダイヤルアップで接続して書込用ソフトか、サンプルプログラムか何かを取ってきた事がある。通話料を気にしながらのアクセスで、あせりそう。
とにかく、PIC16C84を手に入れた。さてこれをどうやって書き込もうか。
当時有名だったのはPCのパラレルポートに接続する回路で、アプリケーションノートの何番だっけ。(AN589)
実際に作ったけど・・・最終的には書き込めた。途中でうまくいかない事があって、あれこれ試行錯誤した。そこらへんはよく覚えてない。
トラ技に載っていたシリアル通信で書き込むライターを作るために、その制御プログラムの書き込まれたPICが必要だったから、それを書き込む為のライターが要るという、たまごとにわとりのような話。
ただ、それは1種類のPICしか書けなかった。しばらくは、それで何とかなった。
そのうちに秋月のキットが出て乗り換えた。アルミケースを加工して組み込み、わりと最近まで(使わなくなっても)持っていた。
PIC16C84はPIC16F84になり、やがてA付きのPIC16F84Aになった。(以下PICは略す)
その次に乗り換えたのは16F628で、これもA付きの16F628Aになった。
A無しからA有りに乗り換える時、プログラムを修正しないと動かなかった。ここのところが面倒だった。確かI/Oの初期設定でコンパレータか何か。
非常に興味を持ったのは8ピンPICで、確か最初は12C508
容量の違いで508と509が有った。
最初はワンタイムか窓付きだけ。フラッシュは無かった。
その窓付きは確か当時二千円ぐらい?
これは最初に動かそうとした時、なかなか動かなくて苦労した。
CONFIGの設定を完全に理解していなかったと思う。調べてあれこれ変えて試すことの繰り返し。ようやくLEDの点滅。
8ピンに入るなんて純粋にすごいなーと思った。ただ、機能的には物足りなかった。タイマー割り込みなどが無かった。TMR0がカウントアップするだけ。
その頃、現場で遊技機の検査をする業者(裏ROMや不正な部品が仕込まれていないか調べる)が、「こんなものが付いていた」と持ってきたのがPIC16C84を使った「ぶら下がり」基板。
それと、フラットケーブルコネクタの中に仕込まれた8ピンPIC。よくこんなもん作るなあ、と。
そしてEEPROM内蔵の12CE508。518だったか。これも窓付きとワンタイムで、窓付きは中をのぞいてみると2チップ構成になっていた。とりあえずくっつけて作った感じ?
個人的にPICの法則と呼んでいる事があって、何かというと、I/Oポートの割り付けでいつもピンが微妙に足りない。
18ピンPICだとピンが不足する。それじゃ次は28ピンだ。いや40ピンだ。
28ピンは16F873、40ピンは16F877を使うようになり、それと18F4550も使った。
書込機の課題はどうしたかというと、結局は純正が一番ということで落ち着いた。
当時PSTART PLUSを秋月から買った。
会社ではマイクロチップ純正のPICSTART PLUSを買って使っていた。
バージョンアップごとに対応するPICの型番が増えてきたけど、17C44だっけ。最初は40ピンの窓付きPICが入っていた。
その容量が足りなくなったんだろう、基板に置き換わったけれど、当初それが壊れやすかった。
物理的に壊れるんじゃなくて、ファームウェアが飛んでしまう。ふとした事で動かなくなり、秋月に問い合わせて書き換えてもらった。
そのうちに安定して、現在も使える状態にある。
使いたい時に使えないと困るから、同じ物を2台も買って持っていた。
自分で書き換えられないか試したことがある。基板の回路を追って、PGCとPGDなどの端子を調べて別のライターから。
いつだったかマイクロチップ社のセミナーが九州で開催され、参加した時にICD2 LEの販売があったと思う。これを手に入れたら書込が飛躍的に速くなった。
これは解剖して回路図を書き起こしたんだっけ。顕微鏡を見ながらパターンを追って・・・同じ働きをする物を自作した。
最初からずっとアセンブラを使っていて、このマイコンのアーキテクチャはC言語向きじゃないだろう、メモリを食うだろうと思いこんでいました。
それに最初の頃、Cコンパイラは高価でした。買ってまで試そうと思わなかったですね。秋月で安いのが出てなかったっけ。使い方がわからなくて放置してそれっきりだったような。
いつからCコンパイラを使い始めたかというと、確か2009年あたりじゃないかと思う。
今までアセンブラで長々と打ち込んでいたのがシンプルに書けて、もっと早くから使えばよかったなと後悔。
タイミング的にギリギリな所はアセンブラで書くのは仕方ない。
ただ、ちょっと浮動小数点の計算が入るだけで容量が膨れ上がるから、なるべくそんな処理は避けるように工夫する必要があった。
くせのあるPICだったけど、慣れてしまうとあまり気にならなくなり、しかもC言語を使っているとそれがなおさら感じられなくなる。
これでいいと思っていたら、Arduinoが出始めた。出始めたというより以前からあったんだろうけど、知られるようになった、自分が知った頃か。
私は最初ArduinoではなくAVRをAVR Studioで使っていた。こっちのアーキテクチャのほうが素直で良いなと、但しアセンブラは試したことがない。
仕事でも結構複雑なプログラムを作ったりして、かなり活躍した。
PICについては、やっぱり慣れもあるし、もともとそれで作られた物の改良などを請け負ったりしてそれなりに使い続けていた。
ただ、18Fシリーズは1種類しか使った覚えが無いような。それとdspicも使ったことがない。
Ethernetをいじった時に使ったのは何だったか忘れた。
仕事でやったのは、たとえば最新ソースが失われて、PIC現物から読み出すしかない、最新ソースを再現してくれというもの。しかも、それに新機能を加えてくれ、と。
なんだろうな。担当者が失踪したのかPCが壊れたのか間違って消したのかは定かでない。
まあでもプロテクトがかかってなくて良かった。
そこから逆アセして、旧版のソースは有ったのでそれと照合しながら相違点を埋めていって徐々に再現した。
なんと、16F877のプログラムメモリを広範囲に使っている。バンク切り替えだらけ。これが地獄の入口よ。
バンク切り替えイチイチメンドクセー!!
新機能の追加でプログラムを書き足すと、バンクをまたいでしまうのである。あふれないように見直してみるが、やはり詰めようがないのでどこか空いている所へ移動できないか検討したりして何とか入れ込む。
それで動かしてみると暴走する。
また見直して、これが原因だったかと特定して、これはどうにかならんものかと頭を抱えて、また直して試して・・・
もうアセンブラやめてCで全部書き直したほうがマシじゃないのかと。でも容量的に厳しくなるかもな。やっぱり地獄に変わりは無く、再度この仕事が来ても受けたくないな。
そこで興味を持って、マイクロチップ社のデータブックを取り寄せた。当時は英文のみで分厚い本だった。
当時はネットでPDFファイルを入手することはできなかった。
パソコン通信のアクセスポイントが有り、そこからダイヤルアップで接続して書込用ソフトか、サンプルプログラムか何かを取ってきた事がある。通話料を気にしながらのアクセスで、あせりそう。
とにかく、PIC16C84を手に入れた。さてこれをどうやって書き込もうか。
当時有名だったのはPCのパラレルポートに接続する回路で、アプリケーションノートの何番だっけ。(AN589)
実際に作ったけど・・・最終的には書き込めた。途中でうまくいかない事があって、あれこれ試行錯誤した。そこらへんはよく覚えてない。
トラ技に載っていたシリアル通信で書き込むライターを作るために、その制御プログラムの書き込まれたPICが必要だったから、それを書き込む為のライターが要るという、たまごとにわとりのような話。
ただ、それは1種類のPICしか書けなかった。しばらくは、それで何とかなった。
そのうちに秋月のキットが出て乗り換えた。アルミケースを加工して組み込み、わりと最近まで(使わなくなっても)持っていた。
PIC16C84はPIC16F84になり、やがてA付きのPIC16F84Aになった。(以下PICは略す)
その次に乗り換えたのは16F628で、これもA付きの16F628Aになった。
A無しからA有りに乗り換える時、プログラムを修正しないと動かなかった。ここのところが面倒だった。確かI/Oの初期設定でコンパレータか何か。
非常に興味を持ったのは8ピンPICで、確か最初は12C508
容量の違いで508と509が有った。
最初はワンタイムか窓付きだけ。フラッシュは無かった。
その窓付きは確か当時二千円ぐらい?
これは最初に動かそうとした時、なかなか動かなくて苦労した。
CONFIGの設定を完全に理解していなかったと思う。調べてあれこれ変えて試すことの繰り返し。ようやくLEDの点滅。
8ピンに入るなんて純粋にすごいなーと思った。ただ、機能的には物足りなかった。タイマー割り込みなどが無かった。TMR0がカウントアップするだけ。
その頃、現場で遊技機の検査をする業者(裏ROMや不正な部品が仕込まれていないか調べる)が、「こんなものが付いていた」と持ってきたのがPIC16C84を使った「ぶら下がり」基板。
それと、フラットケーブルコネクタの中に仕込まれた8ピンPIC。よくこんなもん作るなあ、と。
そしてEEPROM内蔵の12CE508。518だったか。これも窓付きとワンタイムで、窓付きは中をのぞいてみると2チップ構成になっていた。とりあえずくっつけて作った感じ?
個人的にPICの法則と呼んでいる事があって、何かというと、I/Oポートの割り付けでいつもピンが微妙に足りない。
18ピンPICだとピンが不足する。それじゃ次は28ピンだ。いや40ピンだ。
28ピンは16F873、40ピンは16F877を使うようになり、それと18F4550も使った。
書込機の課題はどうしたかというと、結局は純正が一番ということで落ち着いた。
当時PSTART PLUSを秋月から買った。
会社ではマイクロチップ純正のPICSTART PLUSを買って使っていた。
バージョンアップごとに対応するPICの型番が増えてきたけど、17C44だっけ。最初は40ピンの窓付きPICが入っていた。
その容量が足りなくなったんだろう、基板に置き換わったけれど、当初それが壊れやすかった。
物理的に壊れるんじゃなくて、ファームウェアが飛んでしまう。ふとした事で動かなくなり、秋月に問い合わせて書き換えてもらった。
そのうちに安定して、現在も使える状態にある。
使いたい時に使えないと困るから、同じ物を2台も買って持っていた。
自分で書き換えられないか試したことがある。基板の回路を追って、PGCとPGDなどの端子を調べて別のライターから。
いつだったかマイクロチップ社のセミナーが九州で開催され、参加した時にICD2 LEの販売があったと思う。これを手に入れたら書込が飛躍的に速くなった。
これは解剖して回路図を書き起こしたんだっけ。顕微鏡を見ながらパターンを追って・・・同じ働きをする物を自作した。
最初からずっとアセンブラを使っていて、このマイコンのアーキテクチャはC言語向きじゃないだろう、メモリを食うだろうと思いこんでいました。
それに最初の頃、Cコンパイラは高価でした。買ってまで試そうと思わなかったですね。秋月で安いのが出てなかったっけ。使い方がわからなくて放置してそれっきりだったような。
いつからCコンパイラを使い始めたかというと、確か2009年あたりじゃないかと思う。
今までアセンブラで長々と打ち込んでいたのがシンプルに書けて、もっと早くから使えばよかったなと後悔。
タイミング的にギリギリな所はアセンブラで書くのは仕方ない。
ただ、ちょっと浮動小数点の計算が入るだけで容量が膨れ上がるから、なるべくそんな処理は避けるように工夫する必要があった。
くせのあるPICだったけど、慣れてしまうとあまり気にならなくなり、しかもC言語を使っているとそれがなおさら感じられなくなる。
これでいいと思っていたら、Arduinoが出始めた。出始めたというより以前からあったんだろうけど、知られるようになった、自分が知った頃か。
私は最初ArduinoではなくAVRをAVR Studioで使っていた。こっちのアーキテクチャのほうが素直で良いなと、但しアセンブラは試したことがない。
仕事でも結構複雑なプログラムを作ったりして、かなり活躍した。
PICについては、やっぱり慣れもあるし、もともとそれで作られた物の改良などを請け負ったりしてそれなりに使い続けていた。
ただ、18Fシリーズは1種類しか使った覚えが無いような。それとdspicも使ったことがない。
Ethernetをいじった時に使ったのは何だったか忘れた。
仕事でやったのは、たとえば最新ソースが失われて、PIC現物から読み出すしかない、最新ソースを再現してくれというもの。しかも、それに新機能を加えてくれ、と。
なんだろうな。担当者が失踪したのかPCが壊れたのか間違って消したのかは定かでない。
まあでもプロテクトがかかってなくて良かった。
そこから逆アセして、旧版のソースは有ったのでそれと照合しながら相違点を埋めていって徐々に再現した。
なんと、16F877のプログラムメモリを広範囲に使っている。バンク切り替えだらけ。これが地獄の入口よ。
バンク切り替えイチイチメンドクセー!!
新機能の追加でプログラムを書き足すと、バンクをまたいでしまうのである。あふれないように見直してみるが、やはり詰めようがないのでどこか空いている所へ移動できないか検討したりして何とか入れ込む。
それで動かしてみると暴走する。
また見直して、これが原因だったかと特定して、これはどうにかならんものかと頭を抱えて、また直して試して・・・
もうアセンブラやめてCで全部書き直したほうがマシじゃないのかと。でも容量的に厳しくなるかもな。やっぱり地獄に変わりは無く、再度この仕事が来ても受けたくないな。
耳掃除
2026.01.20
随分前にYoutubeで耳掃除の動画を見ました。
愛好者?がいるのでしょうか。
私はそこまでではありませんが、ボロッと大きいのが取れると嬉しくなります。ささやかな幸せです。
ただ、自分でほじるのは危ないので止めましょう。
私は、じつは怪我してしまって耳鼻科に通っていた事があるのです。何年も前に。
それ以来、自分で耳掃除するのは止めています。
もっと危ないと思ったのは、車で走っている時に前の車を運転している人が、走行しながら耳掃除をしているのを見たことがあります。
なにも走りながら耳掃除をする必要なんかありませんし危険です。
トムとジェリーみたいに、片方の耳から入って反対側の耳に抜けてしまうかも。
耳掃除について調べてみると、自然に排出されるので自分で掃除しなくても良いということでした。それを実験した動画も見ました。
そうかなあと思いながらも納得していない部分があり、またでっかいのが出てこないか期待してほじくりたくなるでしょう。癖になるみたいで、なかなかやめられないみたいです。だめですよ。
そんな私は、以前イヤースコープを買ってしまいました。光ファイバー式が最初だったのかな。私が買ったのはマイクロカメラで、耳の中を撮影してスマホで見られます。
ちょうど散髪後に髪の毛の細かい切れ端が耳の奥に入ってしまい、時々ゴソゴソ鳴って気になったのでそのカメラで観察しました。鼓膜のそばに有りました。
その写真をとって耳鼻科の先生に見せて、除去してもらいました。
耳垢は乾燥しているものと湿っているものがあります。人によって違います。私は乾燥しているほうです。あめ耳とかこな耳と呼ばれるようです。
湿っている場合、詰まりやすい印象があります。実際、知人で詰まった奴を知っていて、痛くてたまらんと言っていました。耳鼻科に行けって言っても休日でした。
見ると穴が完全にふさがっていたのです。なんでこんなになるまで放置するのでしょう。
かわいいめいどさんがひざまくらでみみそうじをしてくれるとさいこうなのですが、げんじつはざんねんながらもうそうです。そもそもごえんがありません。
愛好者?がいるのでしょうか。
私はそこまでではありませんが、ボロッと大きいのが取れると嬉しくなります。ささやかな幸せです。
ただ、自分でほじるのは危ないので止めましょう。
私は、じつは怪我してしまって耳鼻科に通っていた事があるのです。何年も前に。
それ以来、自分で耳掃除するのは止めています。
もっと危ないと思ったのは、車で走っている時に前の車を運転している人が、走行しながら耳掃除をしているのを見たことがあります。
なにも走りながら耳掃除をする必要なんかありませんし危険です。
トムとジェリーみたいに、片方の耳から入って反対側の耳に抜けてしまうかも。
耳掃除について調べてみると、自然に排出されるので自分で掃除しなくても良いということでした。それを実験した動画も見ました。
そうかなあと思いながらも納得していない部分があり、またでっかいのが出てこないか期待してほじくりたくなるでしょう。癖になるみたいで、なかなかやめられないみたいです。だめですよ。
そんな私は、以前イヤースコープを買ってしまいました。光ファイバー式が最初だったのかな。私が買ったのはマイクロカメラで、耳の中を撮影してスマホで見られます。
ちょうど散髪後に髪の毛の細かい切れ端が耳の奥に入ってしまい、時々ゴソゴソ鳴って気になったのでそのカメラで観察しました。鼓膜のそばに有りました。
その写真をとって耳鼻科の先生に見せて、除去してもらいました。
耳垢は乾燥しているものと湿っているものがあります。人によって違います。私は乾燥しているほうです。あめ耳とかこな耳と呼ばれるようです。
湿っている場合、詰まりやすい印象があります。実際、知人で詰まった奴を知っていて、痛くてたまらんと言っていました。耳鼻科に行けって言っても休日でした。
見ると穴が完全にふさがっていたのです。なんでこんなになるまで放置するのでしょう。
かわいいめいどさんがひざまくらでみみそうじをしてくれるとさいこうなのですが、げんじつはざんねんながらもうそうです。そもそもごえんがありません。
ソーラー工作
2026.01.20
最初に太陽電池を手に入れたのは中学生の頃、
科学教材社の通販で。
じつはその前に太陽電池を手に入れ損なっている。
JEC(ジャパン・エレクトロニクス・サークル)の太陽電池プレゼント券が有って、
通販の注文時に入れたのに、なぜかもらえなかった。
(JECについては'80年代前半頃の初歩のラジオ等の広告を参照)
科学教材社から買ったのは、1.5Vだったか2.0V出力の物。
それとボタン電池のような形状のニッカドも一緒に。
その太陽電池は電卓などに入っているような感じの、プラスチックのカバーがついたやつ。
これをカセットテープのケースに入れてだな、
接着剤をモリモリして、俺的にはバッチリ防水できてるはずだったが。
これでニッカドを充電して、電気使い放題に。
無限のエネルギーを手にしたような気分。
あんな小さなニッカドにチョコッと充電したところで、使い放題になるかと(笑)
せいぜい、豆電球を短時間光らせるか、電子オルゴールを鳴らすぐらい。
そのカセットテープのケースを二階の屋根瓦に無理やり接着固定。
何をしたかったのか自分でもわからない。
そういえば、0.5V用のモーターが有った。(今も有る。教材用)
そんな低い電圧で回るなんて。
太陽電池の基本セルは確か0.5Vで、それを直列つなぎにすることで必要な電圧を得る。
その後、社会人になってからは大きめ(B5ノートよりちょっと小さいぐらいだったか)の太陽電池を買ってきて、
それとシールドバッテリーをくっつけて充電していた。
最初ニッカドで試していて、会社から帰った頃には満充電になってるだろうと。
帰宅したら、ニッカドが熱くて触れなくなり、シューシュー音が出ていて危なかった。過充電じゃないか。火事にならなくてよかった。
ニッカドは大電流が流せるから、ショートすると危ない。中学生だった頃はヒューズも入れてなかった。
自分でニッカドパックをヘタクソなりに作った時が有り、それがショートして変なニオイがして早期に気づいたから助かったこともあった。
それだけ電流の多い太陽電池だったので、それに見合ったバッテリーじゃないとダメだなと学習したわけ。当時は何も知らない。
シールドバッテリーなら十分たくわえられるだろう。
さすがに安全面を気にして、プラス端子の直近にヒューズを入れておいた。これは今でも守っている。
まさかショートさせないだろって思いながら、作業中うっかりやってしまうことは有る。だからこそ、必ず端子の直近にヒューズを入れる。
それで充電した電気を何に使うのかって、普段たいして使うことはない。困ったね。せっかく有るのに。
自転車のライトを天井から吊るして光らせてみたけど、案外明るいもんだね。当時は実家でタダメシを食う身で、そんな照明ひとつで電気代の節約もなにもない。台風の時には助かるかな?でも、めったにない機会だな。
そうして放置していたシールドバッテリーを久しぶりに見たら、なんと割れていた。膨張して割れていた。知らないうちに何かが起こっていた。ヤベー。
もし今後ソーラーの実験セットを作るなら、鉄の箱に入れて、屋外に設置しないといけないね。万一火が出ても大丈夫なようにする。
いまはLED照明があるから、かつて自転車のライトを室内照明にしていた時よりもっとマシになるだろう。消費電流も明るさも。
某社にいた頃、
ちょうどLED照明の基板の不用品と、チャージコントローラと太陽電池、そしてバッテリーがあったので、
太陽電池を屋根につけてもらい、部屋に線を引き込んで充電できるようにした。
その照明の基板を自分の机上に吊るし、これでどうだと。
ところが、そのバッテリーは劣化していたのですぐに消えてしまった。前任者が放電させたまま放置してだめになっていたのだろう。
今も大型の、といっても50W程度だけど太陽電池を持っていて、非常時に役立つかなと思いながら押入のコヤシになってる。
ハードオフの出張買取に来てもらった時、これも買い取れないか聞いたけどダメだって。なんでも買い取りますって言いながら買ってくれない物もある。よほどのゴミなのか。
学生の頃、
目覚まし時計をソーラー式にしたら電池交換しなくてよいだろうと思いついて、改造したけど失敗したことがある。
そんな電池交換なんか年1回も無いだろうというのに、なんて無駄なことを。思いついたらやってみたくなる性格だった。今もか。
太陽電池を時計にベタベタ貼り付けて、充電するのはキャパシタだったかな。忘れた。
それを室内に置いていたところで、大して充電しないからすぐに止まってしまった。
針が足踏みしてる。微妙にピクピク動くだけ。
明るいからって十分に電流が流れているとは限らないわけですよ。
南向きの窓際に置いて、光がよく当たるような向きに調整して・・・とやっていたら、なんとも面倒くさいことになりました。
知らないうちに止まって時刻が合わないし。こんな目覚ましだったら、遅れた時間にアラームが鳴ってしまうだろう。
かつての仕事でもソーラーに関わる機会があった。ソーラー外灯を作れと。
そんなの太陽電池とコントローラとバッテリーと照明器具だけだろ~簡単だろ、というわけにはいかなかった。
あまり具体的には書けないが、コントローラに関しては市販品では機能を満足しなかったのでゼロから設計して独自仕様。
照明器具も自社製品で、これも自分が設計したもの。
その設計に先立って、とりあえず会社の敷地に太陽電池を2枚並べて、実験室まで地面に溝を掘ってケーブルを引き込んだのでした。
こうしてデータを取ってみると、意外と発電量は少ない。特に快晴の正午前後ぐらいしか十分な電力が得られない。
鳥などが通り過ぎて影になったり、雲が動いて暗くなったり明るくなったりと、普段生活していると全く気にしない事がデータにギザギザの線としてあらわれていた。
夏と冬で太陽の当たり方が違うのは当然だけど、冬になると影が長くなり、夏に気にしなかった物の影がのびて太陽電池にかかったりする。
曇りや雨の日は、ほとんど稼ぎ?がなくて蓄電を消費するだけ。それが続いた場合の動作は?というわけで非日照補償というのがあった。発電出来なくても何日持たせられるかという仕様。
この時はじめてリン酸鉄バッテリーを使ったけど、その充電制御から取り組んだ。最初はおそるおそる試してみたのでした。
太陽電池を明・暗のセンサーとしても兼用し、それで外灯をつけたり消したり。
MPPT、最大電力点追従のプログラムも組み込んだ。
バッテリーの蓄電状況により、外灯の明るさを制御して暗めに光らせて節電させる機能も組み込んだ。
あちこちに設置されているようで、意外と地元の住宅街にも有るみたい。ちゃんと動いてるのかどうか知らないけど。
科学教材社の通販で。
じつはその前に太陽電池を手に入れ損なっている。
JEC(ジャパン・エレクトロニクス・サークル)の太陽電池プレゼント券が有って、
通販の注文時に入れたのに、なぜかもらえなかった。
(JECについては'80年代前半頃の初歩のラジオ等の広告を参照)
科学教材社から買ったのは、1.5Vだったか2.0V出力の物。
それとボタン電池のような形状のニッカドも一緒に。
その太陽電池は電卓などに入っているような感じの、プラスチックのカバーがついたやつ。
これをカセットテープのケースに入れてだな、
接着剤をモリモリして、俺的にはバッチリ防水できてるはずだったが。
これでニッカドを充電して、電気使い放題に。
無限のエネルギーを手にしたような気分。
あんな小さなニッカドにチョコッと充電したところで、使い放題になるかと(笑)
せいぜい、豆電球を短時間光らせるか、電子オルゴールを鳴らすぐらい。
そのカセットテープのケースを二階の屋根瓦に無理やり接着固定。
何をしたかったのか自分でもわからない。
そういえば、0.5V用のモーターが有った。(今も有る。教材用)
そんな低い電圧で回るなんて。
太陽電池の基本セルは確か0.5Vで、それを直列つなぎにすることで必要な電圧を得る。
その後、社会人になってからは大きめ(B5ノートよりちょっと小さいぐらいだったか)の太陽電池を買ってきて、
それとシールドバッテリーをくっつけて充電していた。
最初ニッカドで試していて、会社から帰った頃には満充電になってるだろうと。
帰宅したら、ニッカドが熱くて触れなくなり、シューシュー音が出ていて危なかった。過充電じゃないか。火事にならなくてよかった。
ニッカドは大電流が流せるから、ショートすると危ない。中学生だった頃はヒューズも入れてなかった。
自分でニッカドパックをヘタクソなりに作った時が有り、それがショートして変なニオイがして早期に気づいたから助かったこともあった。
それだけ電流の多い太陽電池だったので、それに見合ったバッテリーじゃないとダメだなと学習したわけ。当時は何も知らない。
シールドバッテリーなら十分たくわえられるだろう。
さすがに安全面を気にして、プラス端子の直近にヒューズを入れておいた。これは今でも守っている。
まさかショートさせないだろって思いながら、作業中うっかりやってしまうことは有る。だからこそ、必ず端子の直近にヒューズを入れる。
それで充電した電気を何に使うのかって、普段たいして使うことはない。困ったね。せっかく有るのに。
自転車のライトを天井から吊るして光らせてみたけど、案外明るいもんだね。当時は実家でタダメシを食う身で、そんな照明ひとつで電気代の節約もなにもない。台風の時には助かるかな?でも、めったにない機会だな。
そうして放置していたシールドバッテリーを久しぶりに見たら、なんと割れていた。膨張して割れていた。知らないうちに何かが起こっていた。ヤベー。
もし今後ソーラーの実験セットを作るなら、鉄の箱に入れて、屋外に設置しないといけないね。万一火が出ても大丈夫なようにする。
いまはLED照明があるから、かつて自転車のライトを室内照明にしていた時よりもっとマシになるだろう。消費電流も明るさも。
某社にいた頃、
ちょうどLED照明の基板の不用品と、チャージコントローラと太陽電池、そしてバッテリーがあったので、
太陽電池を屋根につけてもらい、部屋に線を引き込んで充電できるようにした。
その照明の基板を自分の机上に吊るし、これでどうだと。
ところが、そのバッテリーは劣化していたのですぐに消えてしまった。前任者が放電させたまま放置してだめになっていたのだろう。
今も大型の、といっても50W程度だけど太陽電池を持っていて、非常時に役立つかなと思いながら押入のコヤシになってる。
ハードオフの出張買取に来てもらった時、これも買い取れないか聞いたけどダメだって。なんでも買い取りますって言いながら買ってくれない物もある。よほどのゴミなのか。
学生の頃、
目覚まし時計をソーラー式にしたら電池交換しなくてよいだろうと思いついて、改造したけど失敗したことがある。
そんな電池交換なんか年1回も無いだろうというのに、なんて無駄なことを。思いついたらやってみたくなる性格だった。今もか。
太陽電池を時計にベタベタ貼り付けて、充電するのはキャパシタだったかな。忘れた。
それを室内に置いていたところで、大して充電しないからすぐに止まってしまった。
針が足踏みしてる。微妙にピクピク動くだけ。
明るいからって十分に電流が流れているとは限らないわけですよ。
南向きの窓際に置いて、光がよく当たるような向きに調整して・・・とやっていたら、なんとも面倒くさいことになりました。
知らないうちに止まって時刻が合わないし。こんな目覚ましだったら、遅れた時間にアラームが鳴ってしまうだろう。
かつての仕事でもソーラーに関わる機会があった。ソーラー外灯を作れと。
そんなの太陽電池とコントローラとバッテリーと照明器具だけだろ~簡単だろ、というわけにはいかなかった。
あまり具体的には書けないが、コントローラに関しては市販品では機能を満足しなかったのでゼロから設計して独自仕様。
照明器具も自社製品で、これも自分が設計したもの。
その設計に先立って、とりあえず会社の敷地に太陽電池を2枚並べて、実験室まで地面に溝を掘ってケーブルを引き込んだのでした。
こうしてデータを取ってみると、意外と発電量は少ない。特に快晴の正午前後ぐらいしか十分な電力が得られない。
鳥などが通り過ぎて影になったり、雲が動いて暗くなったり明るくなったりと、普段生活していると全く気にしない事がデータにギザギザの線としてあらわれていた。
夏と冬で太陽の当たり方が違うのは当然だけど、冬になると影が長くなり、夏に気にしなかった物の影がのびて太陽電池にかかったりする。
曇りや雨の日は、ほとんど稼ぎ?がなくて蓄電を消費するだけ。それが続いた場合の動作は?というわけで非日照補償というのがあった。発電出来なくても何日持たせられるかという仕様。
この時はじめてリン酸鉄バッテリーを使ったけど、その充電制御から取り組んだ。最初はおそるおそる試してみたのでした。
太陽電池を明・暗のセンサーとしても兼用し、それで外灯をつけたり消したり。
MPPT、最大電力点追従のプログラムも組み込んだ。
バッテリーの蓄電状況により、外灯の明るさを制御して暗めに光らせて節電させる機能も組み込んだ。
あちこちに設置されているようで、意外と地元の住宅街にも有るみたい。ちゃんと動いてるのかどうか知らないけど。
2026.01.21 21:26
|
