Z80の進化
2025.10.23
歴史を振り返ってみると、
Z84C015で周辺チップ(SIO,PIO,CTC等)が集積されてワンチップになったが、ROMやRAMは外付けする必要がありました。

もし、Z84C015にフラッシュROMとRAMが内蔵されたワンチップマイコンができていたら・・・過去の資産が活用できたし、PICで苦労して回り道をしなくてよかったのになあ、と今でも思います。

じつはあったけど一般向けではなかった。遊技機用のV2チップがそれに近いもの。ワンタイムROMだったから書換は不可。そしてROM、RAMの容量は小さかったけれど、とにかくワンチップでした。それがもし一般市場に出回っていたら裏ROMが作られてしまうわけです。

V2チップが登場した当時、それに限りなく近いものをZ84C015を中心として手作りし、実際にパチンコ台を動かしました。V2とはI/Oのアドレスが異なるのでROMデータを逆アセンブルして中身を調べ、I/O命令にパッチを当てる必要は有りましたが、とにかく動きました。

確か、I/Oの初期化でアドレスとデータのテーブルからブロック転送しているところがあったのは覚えています。あとは、機種やメーカーも忘れた。

それと、パチスロメーカーの新製品デモ機にZ84C015を使った子基板を載せているのを見かけたことがあります。どこのメーカーのなんという機種だったか忘れたけど。
いわゆるゲーセン下駄のようなものです。

ゲームセンター向けに中古パチスロを改造している業者が有り、もとのメーカーの許諾を得てプログラムを流用、改造していました。アミューズ仕様に合わせて、たとえばカプセルの払い出しとか、そういった機能を追加する必要があるわけです。
ゲーセン下駄というのは、V2チップ等は手に入らないし、プログラムを上記のように改造する必要があるので、その代わりになる回路(Z80+ROM+RAM+FPGAで作られた周辺チップ回路)を小さな基板にまとめたものです。それをV2と差し替えて使います。

また言うけどワンチップZ80マイコンがあったらなあ、という妄想でした。
ちょっとした用途にはI/Oがいくつか出ていれば間に合うので、Z80+ROM+RAM+8255+何か で十分なのです。その上、もうちょっと高速だったら言う事なしでした。
落とし穴は全部踏んでいけ
2025.10.22
失敗しないように、色々調べてから最善手をさぐったり成功することばかり考えるのではなく、
落とし穴は全部踏んでいけ、というお話。
行く手に落とし穴があるかもしれないけど、気にせずに行けと。
回り道、遠回りのように思えても、結果的には物事をより深く知ることができる。
こうすれば成功する、というルートしか通ってないと、例外的なことがあったらわからない。浅い知識かもしれない。試験に受かるだけの勉強のように。
最短距離とか成功例をたどるんじゃなく、ここでこうしたらどうなるか、試してみてうまくいった、あるいは失敗したという経験を経ることで、得られる知識がある。失敗から学ぶことは意外と多い。
色々考えたり調べてから慎重にやるんじゃなくて、とにかくやってみて、手を動かしてみたほうが進むものです。
自分なんか昔から、狙ったわけでもないのに、落とし穴に落ちてばかりですが・・・だいたい物事はうまくいかなくて普通なんです。PICマイコンもワナだらけだったなあ、特に最初の頃を思い出します。

Z80マイコンボードを最初に作ったのは高校生の頃で、いきなりICを焼いてしまいました。
とりあえずCPUボードだけ作ってみたが、他にI/Oもメモリも作ってなかったけど、Z80が動いていればラジオから雑音が聞こえるだろう、その程度。とりあえず通電したら74LS245が焼けてしまった。
この経験から反省し、色々自分で考えて工夫して作り直したらうまくいった。
配線を整理して見やすいように信号名を書き込んだり、4枚の基板に分割して1枚ずつ丁寧に作ったり、配線のチェックをとにかく一歩ずつ確実に実施した。
成功できてもそれで満足せず、何か改善すべき点はなかったか、という見直しが大切。ここは今回こうしたけど、あとで気付いたが、ああすればもっと良かったなとか。
ほいでもってブンブン
2025.10.22
幼い頃ポンキッキの番組中で見た、「ほいでもってブンブン」
こんな歌を聞くと不良になると思いこんでいた、あの幼い頃。
なるわけない(笑)

曲名は忘れたけど、きょうりゅうがまちにやってきた・・・だったかな。
あれを聞くと、よくわからないけどなんだか不安な気持ちで一杯になった。
なんでだろ。

謎だったのは「パップラドンカルメ」で、
そこから、カルメ焼きって何?何?おしえておしえて? となって、
作ってみたい、試してみたい、重曹ってどこにある、ですよ。
私は迷惑なガキでした。

「うしろむきのうし」が好きで、いまのようにネットで見たい時に見られる時代じゃなかったし、ビデオも当時持ってなかったから、
次はいつ放送されるのか、ずっと心待ちにしていたものです。
そして、再び見ることのできた日は嬉しかったものでした。

かすかな記憶では、「ほいでもってブンブン」の後に「うしろむきのうし」が放送されることが多かったような気がする。必ずしもそうではなかったような気もする。

「SOSペンペンコンピュータ」
子どもの頃と、大人になってから改めて見ると、まだ違った感じがする。
誰がインプット間違えた、って・・・
データ通りに実行しただけだよ。ほんと、そう。(笑)

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