マイナの罠
2026.01.05
サイト上の説明と、現行バージョンのメニューが違うもんだから、いきなり冒頭でつまずいてしまったのでした。

ttps://img.myna.go.jp/manual/04-03/0211.html

現行バージョンに、機種変更というボタンはありません。
(追記: というのは勘違いで、新しい方のスマホでマイナアプリを開いて設定を見れば出ている。古い方のスマホには表示されない)

説明の流れを追ってみて考えると・・・一旦失効させて、申請をして、プッシュ通知が来たら続きをして・・・
いや、この説明はどこからどこまでが新・旧の機種なのかわかりにくい。たぶん最初は旧で、どこから新で操作するのか。

危うし、
このまま突き進むとパスワードを何度も入れて試すうちにロックされて、あの苦手な市役所へ行ってリセットする羽目に。

とりあえず今日は止めとこう。

その前に、どこかに手順の最新情報が載ってないか探す。

----------追記1
ふと気になって、新しいスマホでマイナポータルのアプリを開いてみたら、機種変更のボタンが有った!
なんだ、最初から新しいスマホで設定を進めていくのだろうか。古い方はどうするのか。現時点でハッキリしない。
説明を見ても、新しい方で設定するのか古い方なのかハッキリ書いてない。
いじくりまわしておかしくならないように、理解ができてから先へ進める。

----------追記2
旧・新どちらも使用可能な場合
まず、旧で電子証明書を失効させる。この時にパスワードが必要。失効が完了しましたという表示を確認する。

次に新で、一番上に表示されている「詳しく知る」またはメニューから入って、申請を始めるを押す。
表示される手順通りに進めていき、途中でパスワードの入力とマイナカードの読み取りがある。最終段階で暗証番号4桁を入力したら申請完了。
プッシュ通知が来るのを待つ。(19:30以降は翌日とか)
今回は1~2分ほどで来た。
プッシュ通知が来たら、登録の操作をする。

その先で生体認証を設定しようとしたが、PINを問われたところでわからなくなり、ここで留まっている。PINは何だっけ。忘れた。
使わない記憶はどんどん揮発する。

現状でも、暗証番号かマイナカードを読み取らせればマイナポータルは利用可能です。
スマホの引っ越し
2026.01.04
気づけば購入から4年経過し、電池消耗が早くなりましたので、
そろそろ新しいスマホに引っ越します。

とは言っても、4年ぶりに値段を調べたら今は高いのですね。
高いものは30万以上もします。うそでしょう。
こんなものにといっては失礼ですが10万も20万も出す気がしません。
5万でもチョット無理。
個人的には、せいぜい2万だろうという感覚です。

高性能を求めていないし、ゲームもしないし、しょっちゅういじることもなく、
基本的には、電話とメールが使えれば。

そこで型落ちとか、新品同様の中古を探したところ、条件に合うものを見つけました。
赤ロムを間違って買わないか心配でしたが、保証付きで大丈夫。

そうして、新しいのは既に手元に有ります。

この年末年始の間に引っ越しをするつもりでした。
ところが面倒くさくて、なかなか手をつける気がしません。

いや、やりかけたままで放置です。いいのかな、放置で。
Googleのバックアップから新しい方へデータを移すのが済んだ時点で放置中。

あとで、これを最初にしないといけなかったのか的な抜けが出ないだろうなと気になって。
simの差し替えだって、どのタイミングですればいいのやら。

面倒なのは、マイナとLINEの引っ越し。

特に、マイナの手順が複雑で・・・。
ttps://img.myna.go.jp/manual/04-03/0211.html

たぶん世の中には、失敗して問い合わせの電話をかけてくる人が多いかも?と勝手に想像。

迷わず行けよ、行けばわかるさ、まずやってみよう。
Z80マイコン何号機
2026.01.04
高校2年で初めてワンボードマイコンを作ってから、新しく作るたびに1号機、2号機、3号機と番号をつけてきたけど、
結局どうしたっけ、何号まで作ったやらスッカリ忘れてしまったので思い出すことにします。

1号機
今も残っている。基板4枚をつなぎ合わせたワンボードマイコン。
確かサンハヤトのICB-505(ぐるり一周の電源パターンが便利だった)
16進数キーと7セグLEDでプログラム入力や操作・表示
ラジオの製作の連載記事を参考にしたもの。
製作記事では各モジュールごとに1枚ずつカードエッジ基板に組んで、バックプレーンボードに差し込んでシステムを組み上げるようになっていたが、
カードケージやバックプレーン等に使う予算が無かった為、回路を整理しつつ安価にできるように工夫した。
昔から拾い集めてきたテレビの部品(トランジスタ、抵抗、コンデンサ)を多く活用している。
ROMの書き込みは幸い学校にROMライタがあったので使わせてもらい、無事にできた。その前の夏にMZ-2000のプリンタMZ-1P07がヘッドから煙を噴いて壊れたので、その中に入っていた2764を消去して使った。

2号機
現存せず。作った後に、次の作品用として部品取りした為。
基板2枚を重ねあわせた外観だったような。写真どこかに有る。
自分で回路設計するところから始めたが、最初は難しくて動かず、何度も作り直したもの。
LEDドットマトリクスを備えて、MSX用ジョイスティックを接続可能にしていた。テトリス専用マシンにするつもりだった。
プログラム入力は、最初のブートローダをロータリDIPSWを回してアドレス・データを設定し、1バイトずつ書き込むという面倒くさいやり方。(当時ROMの書き込み手段がなかった為)
この面倒くささが致命的だったか。
確かAY-3-8910もつないで音を鳴らしてみたが、それもまた手順が面倒くさかったので、飽きてしまった。

3号機
今も残っている。
カセットテープの持ち運びのケースを利用した。
学校の卒業研究の課題として勝手に企画したもので、当時テレビで放映されていたスパイ大作戦から大いに影響を受けた。
何か持ち運んで使える秘密の機能が入っているようなものを作りたかった。当時はノートPCも珍しかった頃で、持ち運びにあこがれた。
64KBオールRAMでバッテリーバックアップ付き。プリンタポートからプログラムを流し込む仕掛けで、MSX-DOS上でアセンブルしたものを容易にダウンロードできた。
LEDドットマトリクスで文字やグラフィックの表示可能。RS-232Cと、カセットI/Fも内蔵。
電源はニッカド単2を4本直列の充電式。

最初、担任の先生から「部品代が出るよ」と言われたので、自由に部品を買い集めていた。最後あたりで先生に聞くと「領収書が必要だ」と。社会人には常識だろうけど学生はそんな事しらないし。結局、全て自己資金で製作。

そもそもビジネス系の専門学校で、銀行などの基幹システムとか勘定系システムのプログラマを養成する学校だったので、マイコンをいじる変な奴は自分ぐらいだった。
簿記の勉強もしたけど、小切手だの手形だの、本物を見たこともないからイマイチ、ピンとこなかったっけ。

その後
就職先はマイコン応用電子機器、産業用機器を設計・製造する会社
マイコンに詳しい人達は当然たくさんいたが・・・
自分の趣味を話すと、

そんな事してどうすんだよ、とか。
自己満足だろ、とか。

プログラマの人も同じような反応。

ある意味、仲間とも言える人たちに出会ったと喜んでいたところが
予想外のそんなネガティブな反応に、大いに凹んでしまって熱が冷めてしまった。
ようやく、せっかく芽が出てきたのに枯れてしまった感じ。環境が悪かった。
結局5年足らずで辞めてしまったが・・・
仕事と趣味は別だなというのはわかる。楽しみばっかりでもない。

今だったら、何を言われようが(さんざん慣れてしまって)なんとも思わないけど、当時は言われたことを真に受けていたから、もろにダメージ直撃と言うかなんというか。

その次の会社で、意外な接点がありZ80の知識が活きることになった。
誰もネガティブな事を言う人はおらず、それ面白いね、やってみようとか、そんな感じで雰囲気が良かった。
初夢
2026.01.03
特に面白くない初夢でした。

みんなで貸切バスに乗ってどこかのテーマパークを目指していました。

途中なぜか自分は、気まぐれに? 前を走っていた路線バスに乗り換え。
どうせ同じ方向に行くからどっちでも良いだろうと。

しかし、路線バスに乗ったら料金が別にかかるわけで・・・

目的地に到着

子ども向けのテーマパークだけど、大人もOK

入口から入って右手側に行ってみると、券売機

なぜか自分の顔写真を撮って入場券に貼ることになっていました。
そのためのカメラ機能も券売機には備わっていたけど、

料金は74円

面倒くさい小銭だな!! キャッシュレスだし持ってないよ。
キリ良く100円にすればいいのに、とか思いながら
よく見ると、これは忍者何とかのアトラクション用でした。

なんだ、一般の入場口はどこだ。入口から入って左手でした。

その先の記憶は無いという、なんとも微妙な夢でした。

なんか色々見て楽しんだような感じはするんですけどね。

何がどうなればこんな夢を見るのやら。
たぶんどこかに行きたいのでしょう。12月から仕事が忙しいので。
でも今は寒いから、暖かくなってからどこかへ旅しましょう。

夢は一晩に一度ではなく何度も見ているそうです。ところが覚えているのは一番最後の夢だけ。
起きてすぐは覚えているけど、忘れてしまうようです。

富士も鷹も茄子も出てこないどころか、全くかすりもしません。
そもそも日常的に接点がないじゃないかと。
茄子の天ぷらでも食えば、ひょっとしたら?
電信機の自作
2026.01.03
小学生の頃に執着していたことのひとつは、
図鑑で見た電信機を再現することでした。
あのペリーが黒船で日本に来た時に持参したという電信機

その受信機
ぜんまい仕掛けでテープが送られていき、電磁石によってインクのついた針が上下してテープに波形を描いていく。(あいまいな記憶)

残念ながら当時の自分には、そんなメカを作るだけの技量はありませんでした。
デルタックスを使えば? 残念ながらモーター、ギヤボックス付きのセットではありませんでしたし、
追加パーツを買ってと言う発想もなくて、思いつかず。

もうひとつ、
二人でお互いに通信をするには、送信の電鍵と受信の電磁石が2組必要なのは当然として、
その通信線の本数が課題でした。
単純に自分と相手をお互いにつなぐと4本いります。
できるだけ少なくできないか。

電線なんか売ってる店はそこらへんに無かったので、テレビなどから集めた線をつなげて使うしか無く、とにかく限られていたのでした。
だからできるだけ少ない線で通信できないものかと。2本で済めば最高。

実際、お互いに同時に送り合うことはないと思うのです。送信と受信を同時にできる通信士さんはいたのかもしれないけど、自分たちが遊びで試す分には同時はなかったでしょう。

2本線だと自分が打った通りに相手だけでなく自分の電磁石も動いてしまいます。気にしなければ良いだけですけど。

3本にして、GND共通にすれば、自分→相手、相手→自分というふうに通信を独立させられます。相手が打っている途中でも自分から打てます。
しかし3本よりも2本にできないか、という「こだわり」が有りました。
屋内配線の線は2心なら有るけど3心ってのは見かけないし、2心を2本並べるのも邪魔くさいです。

別の方法としては、
電鍵の接点を工夫するか、リレーを1個入れて、
要するにトランスファ接点にすることで、2本線でもOK
これは回路図を描けばわかりやすいけど面倒なので省略

2本線を1本にしようとすれば、片方はアースにして地面を通す。
これは試したっけ。いまいちだったかも。
そんな、地面に五寸釘を適当に打ち込んだところでアース抵抗は容易には下がりません。

電気工事士の勉強をした時に、実際に学校のグラウンドにアース棒を打ち込んで
接地抵抗計で測定する実習があったけど、この電極に小便をかけてやろうかと思っていました。

さらに、限られた通信線に別の通信を載せようという考え方は古くから有って、
「重信(じゅうしん)」
いまA,B間をつなぐ2線、C,D間をつなぐ2線があったとして、
これら2組を組み合わせて、さらにもう1回線の通信をさせていたようです。
そんなの混ざらないのかと頭で考えると心配になります。

電信なんか、単純にON/OFFの伝送だけだろって簡単に考えてしまいますが、案外難しいものです。

日本では明治初期には既に長崎・上海間の海底電信線が開通していたそうです。
さすがに受信信号は微弱になったでしょう。線の電気抵抗だけでなく、線間の静電容量も相当なものです。
長崎の旧・香港上海銀行跡の資料館にはそんな電信に関する展示物がありますので一見の価値ありです。

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