初夢
2026.01.03
特に面白くない初夢でした。
みんなで貸切バスに乗ってどこかのテーマパークを目指していました。
途中なぜか自分は、気まぐれに? 前を走っていた路線バスに乗り換え。
どうせ同じ方向に行くからどっちでも良いだろうと。
しかし、路線バスに乗ったら料金が別にかかるわけで・・・
目的地に到着
子ども向けのテーマパークだけど、大人もOK
入口から入って右手側に行ってみると、券売機
なぜか自分の顔写真を撮って入場券に貼ることになっていました。
そのためのカメラ機能も券売機には備わっていたけど、
料金は74円
面倒くさい小銭だな!! キャッシュレスだし持ってないよ。
キリ良く100円にすればいいのに、とか思いながら
よく見ると、これは忍者何とかのアトラクション用でした。
なんだ、一般の入場口はどこだ。入口から入って左手でした。
その先の記憶は無いという、なんとも微妙な夢でした。
なんか色々見て楽しんだような感じはするんですけどね。
何がどうなればこんな夢を見るのやら。
たぶんどこかに行きたいのでしょう。12月から仕事が忙しいので。
でも今は寒いから、暖かくなってからどこかへ旅しましょう。
夢は一晩に一度ではなく何度も見ているそうです。ところが覚えているのは一番最後の夢だけ。
起きてすぐは覚えているけど、忘れてしまうようです。
富士も鷹も茄子も出てこないどころか、全くかすりもしません。
そもそも日常的に接点がないじゃないかと。
茄子の天ぷらでも食えば、ひょっとしたら?
みんなで貸切バスに乗ってどこかのテーマパークを目指していました。
途中なぜか自分は、気まぐれに? 前を走っていた路線バスに乗り換え。
どうせ同じ方向に行くからどっちでも良いだろうと。
しかし、路線バスに乗ったら料金が別にかかるわけで・・・
目的地に到着
子ども向けのテーマパークだけど、大人もOK
入口から入って右手側に行ってみると、券売機
なぜか自分の顔写真を撮って入場券に貼ることになっていました。
そのためのカメラ機能も券売機には備わっていたけど、
料金は74円
面倒くさい小銭だな!! キャッシュレスだし持ってないよ。
キリ良く100円にすればいいのに、とか思いながら
よく見ると、これは忍者何とかのアトラクション用でした。
なんだ、一般の入場口はどこだ。入口から入って左手でした。
その先の記憶は無いという、なんとも微妙な夢でした。
なんか色々見て楽しんだような感じはするんですけどね。
何がどうなればこんな夢を見るのやら。
たぶんどこかに行きたいのでしょう。12月から仕事が忙しいので。
でも今は寒いから、暖かくなってからどこかへ旅しましょう。
夢は一晩に一度ではなく何度も見ているそうです。ところが覚えているのは一番最後の夢だけ。
起きてすぐは覚えているけど、忘れてしまうようです。
富士も鷹も茄子も出てこないどころか、全くかすりもしません。
そもそも日常的に接点がないじゃないかと。
茄子の天ぷらでも食えば、ひょっとしたら?
デルタックス
2026.01.02
デルタックスという玩具を持っていた事を思い出しました。
今も有るのかな? フリマ、オークションにも当時物が出ていました。
穴開きのプラスチック板、金属板、タイヤ、シャフト、ステー、L金具、ビス、ナット、タイヤ等のセットです。
何種類かあったようで、モーター等がセットになっているのもありました。
あとでわかったのは、海外の「メカノ」の類似品だったようです。
確か、親父が出張に行く前におみやげは何が良いかと聞かれたのです。プラモを買ってきてと頼んだら、これを持って帰ってきたので最初は戸惑いました。
プラモだったら組み立ててしまえばオシマイですが、デルタックスなら何度でも分解・組立ができて色んな形の作品ができる。そういうわけで選んだのかなと思います。
小さなプラスドライバー、スパナも付属していました。
説明書に組立例がいくつか載っていて、それを見ながら作ろうとしましたが最初はなかなか理解できず、難しかったような感じです。
そして、自分が持っているセットには含まれていない部品(モーター等)が必要な作品もあって、そんな時にはガッカリしていました。
あとは自分で好き勝手な物を作って、ずっと長い間遊んでいた覚えがあります。たぶん、まだ実家に有る。さすがに何十年も経過して、欠品も多いだろうけど。
某フリマサイトを見たら当時の同じセットが安価で出ており、うーむ、思わず手が出そうになりましたが・・・また余分な物が増えて手狭になるので遠慮しておきます。
画像は、昔の「子供の科学」1977年の裏表紙です。

「男って、メカの発明が好きなんだ!」
現代だと、まず「男」と書かれている部分にかみついてくる奴がいるでしょう。性別に触れるだけでも大変なことになる時代です。
ミリタリーに関しても、何やかんや言われそうで困ります。
機微な内容を削っていき、結局、ネジとか金属板が写っているだけの奇妙な広告になるでしょう(笑)
今も有るのかな? フリマ、オークションにも当時物が出ていました。
穴開きのプラスチック板、金属板、タイヤ、シャフト、ステー、L金具、ビス、ナット、タイヤ等のセットです。
何種類かあったようで、モーター等がセットになっているのもありました。
あとでわかったのは、海外の「メカノ」の類似品だったようです。
確か、親父が出張に行く前におみやげは何が良いかと聞かれたのです。プラモを買ってきてと頼んだら、これを持って帰ってきたので最初は戸惑いました。
プラモだったら組み立ててしまえばオシマイですが、デルタックスなら何度でも分解・組立ができて色んな形の作品ができる。そういうわけで選んだのかなと思います。
小さなプラスドライバー、スパナも付属していました。
説明書に組立例がいくつか載っていて、それを見ながら作ろうとしましたが最初はなかなか理解できず、難しかったような感じです。
そして、自分が持っているセットには含まれていない部品(モーター等)が必要な作品もあって、そんな時にはガッカリしていました。
あとは自分で好き勝手な物を作って、ずっと長い間遊んでいた覚えがあります。たぶん、まだ実家に有る。さすがに何十年も経過して、欠品も多いだろうけど。
某フリマサイトを見たら当時の同じセットが安価で出ており、うーむ、思わず手が出そうになりましたが・・・また余分な物が増えて手狭になるので遠慮しておきます。
画像は、昔の「子供の科学」1977年の裏表紙です。

「男って、メカの発明が好きなんだ!」
現代だと、まず「男」と書かれている部分にかみついてくる奴がいるでしょう。性別に触れるだけでも大変なことになる時代です。
ミリタリーに関しても、何やかんや言われそうで困ります。
機微な内容を削っていき、結局、ネジとか金属板が写っているだけの奇妙な広告になるでしょう(笑)
今まで作った物の棚卸しと活用
2026.01.01
今までせっかく色々作ってきたので、棚卸しといいましょうか、
一通り見直しをしてみて、改めて活用を探っていきたいと思っています。
時間がたつと忘れてしまっていて、こんなのあったっけ?と作った本人なのに忘れていたりします。
埋もれてしまうだけでもったいないです。
てがろぐに主な物は載せてきましたが、
(なかなか自分の時間とかマンパワー的に厳しいのですが)
今まで作った物の資料をまとめて、作りたい時にすぐ作れるように整備したりするのは重要なことです。
そして、やりかけていた物を完成させたいです。
一通り見直しをしてみて、改めて活用を探っていきたいと思っています。
時間がたつと忘れてしまっていて、こんなのあったっけ?と作った本人なのに忘れていたりします。
埋もれてしまうだけでもったいないです。
てがろぐに主な物は載せてきましたが、
(なかなか自分の時間とかマンパワー的に厳しいのですが)
今まで作った物の資料をまとめて、作りたい時にすぐ作れるように整備したりするのは重要なことです。
そして、やりかけていた物を完成させたいです。
◯◯半島一周
2026.01.01
歳のせいか昔の事を思い出します。
記憶があるうちに、書き残しておきたいと思います。そのうちに忘れそうなので。
小学校では朝の始業前からグラウンドを走ることが日課になっていました。
一周回るたびに、専用の用紙のマス目を塗りつぶします。
全部塗りつぶせたら、我々が住んでいる◯◯半島を自分で走って一周したのと同じになるというものです。
教育的な意味もあったのかもしれません。地道な努力が大きな成果につながるとか。
大人になってから自分で運転して一周しても結構な時間がかかりました。
コース次第でしょうけど、だいたい100km前後じゃないでしょうか。
小学校のグラウンド一周で仮に100mとして、1,000周。
一周200mだったっけ。それなら500周に相当します。
500周の場合、1日10周して50日かかります。約2ヶ月です。
1年通してやっていたのではなく、学期を区切ってその期間内でやっていたような気がします。
その期間内に自分は達成できなかったのではないかと。
徒歩はだいたい時速4km、連続で歩けたとして25時間かかります。
私は小学校6年間で一度しか達成できませんでした。
あの頃から持続力が無くて、なかなか完走できなくて。
確か5年か6年の頃でした。完走できたのは。
その時ようやく完走の喜びを感じた次第です。
今もやっているのかどうかは知りません。
ドラえもんで、何の話だったか忘れました。何秒以内に世界一周するには、という課題が出る話。
のび太は、そんなことできるわけがないというわけです。
ところが南極点か、北極点に旗を立て、その周りをまわれば世界一周になるというのが答え。
ということは、我々の◯◯半島は中心に山があるので、仮に山の頂上に行けたらそこを一周すれば・・・そこまで登っていくのが大変でしょうけれど。
記憶があるうちに、書き残しておきたいと思います。そのうちに忘れそうなので。
小学校では朝の始業前からグラウンドを走ることが日課になっていました。
一周回るたびに、専用の用紙のマス目を塗りつぶします。
全部塗りつぶせたら、我々が住んでいる◯◯半島を自分で走って一周したのと同じになるというものです。
教育的な意味もあったのかもしれません。地道な努力が大きな成果につながるとか。
大人になってから自分で運転して一周しても結構な時間がかかりました。
コース次第でしょうけど、だいたい100km前後じゃないでしょうか。
小学校のグラウンド一周で仮に100mとして、1,000周。
一周200mだったっけ。それなら500周に相当します。
500周の場合、1日10周して50日かかります。約2ヶ月です。
1年通してやっていたのではなく、学期を区切ってその期間内でやっていたような気がします。
その期間内に自分は達成できなかったのではないかと。
徒歩はだいたい時速4km、連続で歩けたとして25時間かかります。
私は小学校6年間で一度しか達成できませんでした。
あの頃から持続力が無くて、なかなか完走できなくて。
確か5年か6年の頃でした。完走できたのは。
その時ようやく完走の喜びを感じた次第です。
今もやっているのかどうかは知りません。
ドラえもんで、何の話だったか忘れました。何秒以内に世界一周するには、という課題が出る話。
のび太は、そんなことできるわけがないというわけです。
ところが南極点か、北極点に旗を立て、その周りをまわれば世界一周になるというのが答え。
ということは、我々の◯◯半島は中心に山があるので、仮に山の頂上に行けたらそこを一周すれば・・・そこまで登っていくのが大変でしょうけれど。
野鳥の飼育(昔)
2025.12.27
現在、野鳥の飼育は一切ダメだそうです。法律で決まっているとのこと。
子どもの頃は色々飼っていました。
メジロとかキジとか。
自分じゃなくて、親がいつの間にか持ってきて、部屋にメジロの鳥かごがぶら下がっていたという感じ。
キジは鳥かごには入りきれないから、鶏小屋で。
当時そんな法律があったのかどうかも知る由がありません。
ずいぶん後になってから、何かの本にちょっと書いてあるのを読んで、へえ、そうなんだ・・・と知った程度。
近所の精米所(とっくの昔になくなりました)には小鳥の飼育用品も売られていました。
エサや鳥かごは勿論、トリモチも有りました。
トリモチは、小鳥を捕まえる為のネバネバしたものです。市販の製品がありました。
枝に塗って、たとえばエサとしてミカンを切ったものを近くに刺しておくと、エサ目当ての鳥が留まった時に逃げられないというものです。
ネバネバしているので、手や衣服に付着すると厄介でした。
私は、とりもちで小鳥を捕まえた経験はありません。試してみたことはあったかもしれないけど、待っていられないタイプなので早々にあきらめました。
庭に小鳥のエサ台とか巣箱を設けて、エサを置いて、小鳥がやってくるのを待つ、なんてのもすぐに結果が出ないから飽きてあきらめました。
空気銃だったのか覚えていませんが、それで小鳥を撃つ人も見かけました。これは当時でもイカンだろうと思いました。
キジは、畑の中に産卵されていた卵を持ち帰り、うちで飼っていたチャボに抱かせたら孵化しまして、
大きくなって自分で飛んで(たぶん)山に帰っていきました。
その話が地元ローカル新聞に載ったような記憶ですが、当時、野鳥を飼育したらいかんとか何とか言われたことはなく、誰も気づかなかったか目にとまらなかったか。
知らなかったら許されるのかとか、それが良かったとは言いませんが、ゆるい昭和の時代でした。
いまの時代だったら炎上してボロクソに叩かれて、特定されて電話やメールや郵便が殺到するかもしれません。
もちろん今では飼っていませんし、基本的には自然のものは自然のまま生きていくのが一番だろうというのが基本的な考えです。
確かに自然は厳しいかもしれないが・・・狭いところに閉じ込めたらかわいそうです。
子どもの頃は色々飼っていました。
メジロとかキジとか。
自分じゃなくて、親がいつの間にか持ってきて、部屋にメジロの鳥かごがぶら下がっていたという感じ。
キジは鳥かごには入りきれないから、鶏小屋で。
当時そんな法律があったのかどうかも知る由がありません。
ずいぶん後になってから、何かの本にちょっと書いてあるのを読んで、へえ、そうなんだ・・・と知った程度。
近所の精米所(とっくの昔になくなりました)には小鳥の飼育用品も売られていました。
エサや鳥かごは勿論、トリモチも有りました。
トリモチは、小鳥を捕まえる為のネバネバしたものです。市販の製品がありました。
枝に塗って、たとえばエサとしてミカンを切ったものを近くに刺しておくと、エサ目当ての鳥が留まった時に逃げられないというものです。
ネバネバしているので、手や衣服に付着すると厄介でした。
私は、とりもちで小鳥を捕まえた経験はありません。試してみたことはあったかもしれないけど、待っていられないタイプなので早々にあきらめました。
庭に小鳥のエサ台とか巣箱を設けて、エサを置いて、小鳥がやってくるのを待つ、なんてのもすぐに結果が出ないから飽きてあきらめました。
空気銃だったのか覚えていませんが、それで小鳥を撃つ人も見かけました。これは当時でもイカンだろうと思いました。
キジは、畑の中に産卵されていた卵を持ち帰り、うちで飼っていたチャボに抱かせたら孵化しまして、
大きくなって自分で飛んで(たぶん)山に帰っていきました。
その話が地元ローカル新聞に載ったような記憶ですが、当時、野鳥を飼育したらいかんとか何とか言われたことはなく、誰も気づかなかったか目にとまらなかったか。
知らなかったら許されるのかとか、それが良かったとは言いませんが、ゆるい昭和の時代でした。
いまの時代だったら炎上してボロクソに叩かれて、特定されて電話やメールや郵便が殺到するかもしれません。
もちろん今では飼っていませんし、基本的には自然のものは自然のまま生きていくのが一番だろうというのが基本的な考えです。
確かに自然は厳しいかもしれないが・・・狭いところに閉じ込めたらかわいそうです。
2026.01.03 15:02
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