電子技術II (続続)
2024.09.27
この教科書の章 (上巻)
1.音響機器 →習ってない。
2.有線通信
3.無線通信
4.ファクシミリ →習ってない。
5.テレビジョン →習ってない。
6.レーダ →習ってない。
習っていないところも興味があったので自分で読んだりはした。
音響機器の章は筆者の趣味も入っているような気がする。
当時アナログオーディオ全盛であった。
レーダは、まさにAスコープという表示方式が「海軍レーダー徒然草」(Webサイト)に載っている電探のそれで、
いま主流になっている表示方式はPPI表示方式という。
下巻
7.電子計算機 →習ってない。
8.アセンブラとFORTRAN →別の授業枠(情報技術)でFORTRANを習ったと思う。
9.電子計算機の利用技術の基礎 →習ってない。
いま見てもそれほど傷んでないので、あまり使わなかったのがわかる。とくに下巻。
電子計算機、という呼び方に時代を感じる。(当時でも電子計算機という呼び方は古いと思った)
いまの工業高校生はどんな教科書だろうと検索して、その目次だけ見てみた。まあ内容を見ないと何とも言えないが、
昔のほうが原理に近いぶん、理解しやすい面はあったのではないか、と思う。
いまはスマホやらAIやらワケノワカラン物ばかりで、どういう仕組なのかも理解しがたい。
教科書の基礎的な勉強と、最新テクノロジーがどのように結びつくのか、ますます難しくなっていないか。
1.音響機器 →習ってない。
2.有線通信
3.無線通信
4.ファクシミリ →習ってない。
5.テレビジョン →習ってない。
6.レーダ →習ってない。
習っていないところも興味があったので自分で読んだりはした。
音響機器の章は筆者の趣味も入っているような気がする。
当時アナログオーディオ全盛であった。
レーダは、まさにAスコープという表示方式が「海軍レーダー徒然草」(Webサイト)に載っている電探のそれで、
いま主流になっている表示方式はPPI表示方式という。
下巻
7.電子計算機 →習ってない。
8.アセンブラとFORTRAN →別の授業枠(情報技術)でFORTRANを習ったと思う。
9.電子計算機の利用技術の基礎 →習ってない。
いま見てもそれほど傷んでないので、あまり使わなかったのがわかる。とくに下巻。
電子計算機、という呼び方に時代を感じる。(当時でも電子計算機という呼び方は古いと思った)
いまの工業高校生はどんな教科書だろうと検索して、その目次だけ見てみた。まあ内容を見ないと何とも言えないが、
昔のほうが原理に近いぶん、理解しやすい面はあったのではないか、と思う。
いまはスマホやらAIやらワケノワカラン物ばかりで、どういう仕組なのかも理解しがたい。
教科書の基礎的な勉強と、最新テクノロジーがどのように結びつくのか、ますます難しくなっていないか。
電子技術II (続)
2024.09.27
教科書は、いま読んでも理解しづらい所が多い。その道の権威者たちが執筆している為、わざわざ難しく書いてあるんだと思う。
全然頭に入ってこないというか、眠気を誘う催眠電波ゆんゆんである。
いきなり説明なしに新しい言葉や記号が出てきて、その説明がない。授業では先生が説明したかもしれない。
たとえばλという記号がいきなり出てきた。λといえば波長をあらわす。MHzなら100万単位なので、150MHzの波長は300÷150=2で2mとなる。こんな説明があったかも。
電子技術者の心がけ

(1)電子技術についての基本的事項をしっかり身につけておく。
(2)基本的事項の学習は、学校時代だけではなく、その後も続けていく。
(3)絶えず技術の研鑽を続け、積極的にアイデアを出し、取り組み、失敗を恐れない。
(4)仕事を通じ、広い領域にわたる知識を身につけるようにする。
(5)(1)~(4)のことを協力し合って高め、実践していく。
ページ左側に12個の項目が並べてあるけど、この当時は夢だった事が現在ではいくつか実現している。
電子技術の動向

製作例

有線通信(電話)の章には、電話局同士をマイクロ波でつないでいる図があるけど、現在ではすっかり引退してしまったらしい。光ファイバーでつないでしまったから。
そしてまた、固定電話いらなくね?とか、2035年までに銅線の巻取りを、なんて言ってる時代になるとは当時全く想像もできなかったろうな。
全然頭に入ってこないというか、眠気を誘う催眠電波ゆんゆんである。
いきなり説明なしに新しい言葉や記号が出てきて、その説明がない。授業では先生が説明したかもしれない。
たとえばλという記号がいきなり出てきた。λといえば波長をあらわす。MHzなら100万単位なので、150MHzの波長は300÷150=2で2mとなる。こんな説明があったかも。
電子技術者の心がけ

(1)電子技術についての基本的事項をしっかり身につけておく。
(2)基本的事項の学習は、学校時代だけではなく、その後も続けていく。
(3)絶えず技術の研鑽を続け、積極的にアイデアを出し、取り組み、失敗を恐れない。
(4)仕事を通じ、広い領域にわたる知識を身につけるようにする。
(5)(1)~(4)のことを協力し合って高め、実践していく。
ページ左側に12個の項目が並べてあるけど、この当時は夢だった事が現在ではいくつか実現している。
電子技術の動向

製作例

有線通信(電話)の章には、電話局同士をマイクロ波でつないでいる図があるけど、現在ではすっかり引退してしまったらしい。光ファイバーでつないでしまったから。
そしてまた、固定電話いらなくね?とか、2035年までに銅線の巻取りを、なんて言ってる時代になるとは当時全く想像もできなかったろうな。
電子技術II (昔の教科書)
2024.09.27
自分が高校で学んだ時の教科書がまだ有って、
振り返ってみればもう37年
今となってみれば古い技術も多い。
それだけ進歩が著しい世界ということだろう。
表紙

これは寝ているな

光ファイバーについても載っている

ミニファクス! いまでは博物館ぐらいでしかお目にかかれない。
ジャンク屋で手に入れて、アマチュア無線用に改造するのが流行った。

まさにロストテクノロジー

なにしろアナログ全盛だった時代。
クロスバ交換機が主流で、電子交換機も紹介されているけど、クロスバに関する説明に多くのページが割り当てられている。
テレビも勿論アナログ放送でブラウン管
マイクロホン、スピーカー、音響再生装置、テープレコーダに関するページもあるけど、当時でもそこは学ばなかった。そのあたりだけページに書き込みもなくきれい。
授業中に寝ていた痕跡もみられたが、勉強というものは自分から興味をもって取り組まないとだめだなー。受け身だと右から左、左から右へと抜けていくだけ。試験が終わったら忘れる。
疑問が出てきて調べてみてわかった。そこで新たな疑問が生まれて、調べたり考えたり、これが「勉強」なのだと当時はわからなかった。
実際にあれこれする余裕がなかったのも確かかもしれない。授業はどんどん先へ進んでいくし、次の時間には別の授業、ついていくのがやっと。(ついていけてなくて落ちこぼれていた)
振り返ってみればもう37年
今となってみれば古い技術も多い。
それだけ進歩が著しい世界ということだろう。
表紙

これは寝ているな

光ファイバーについても載っている

ミニファクス! いまでは博物館ぐらいでしかお目にかかれない。
ジャンク屋で手に入れて、アマチュア無線用に改造するのが流行った。

まさにロストテクノロジー

なにしろアナログ全盛だった時代。
クロスバ交換機が主流で、電子交換機も紹介されているけど、クロスバに関する説明に多くのページが割り当てられている。
テレビも勿論アナログ放送でブラウン管
マイクロホン、スピーカー、音響再生装置、テープレコーダに関するページもあるけど、当時でもそこは学ばなかった。そのあたりだけページに書き込みもなくきれい。
授業中に寝ていた痕跡もみられたが、勉強というものは自分から興味をもって取り組まないとだめだなー。受け身だと右から左、左から右へと抜けていくだけ。試験が終わったら忘れる。
疑問が出てきて調べてみてわかった。そこで新たな疑問が生まれて、調べたり考えたり、これが「勉強」なのだと当時はわからなかった。
実際にあれこれする余裕がなかったのも確かかもしれない。授業はどんどん先へ進んでいくし、次の時間には別の授業、ついていくのがやっと。(ついていけてなくて落ちこぼれていた)
ジャックの樹脂と接触不良
2024.09.20
昔使っていた防犯カメラの機械があって、
防犯カメラにうつっている映像に「動き」があると自動的に一定時間録画してくれるというもの。
録画はSDメモリカードへ。
そのジャックの接触が悪く、映像がうつったり消えたり、勝手にチラチラとノイズが入って録画が働くという問題があって、
現役当時はその都度抜き差ししたり拭いたりしていたが、いまいち改善しなかった。だましだましという感じ。
今日それを、長い間使っていなくてしまい込んでいたので捨てようとして引っ張り出した。
プラグを抜こうとしたら変な感触があった。抜いてみるとご覧の通り、錆びている。


どうもジャック側の樹脂から何か謎の液体?が滲み出してきて悪さをしているようである。
基板に緑青が付いていた。
捨てる前なのでバラしたが、すっかり忘れていたのに、ようやく謎が解けたというわけで。
これと似た現象は、昔のパソコンでも樹脂部品のコネクタから何かザラザラしたものが吹き出しているような、そんなのは有った。なんだろうな、長年経過すると成分が出てきたり水分と反応したりとか有るのだろうか。
電線の塩ビからベタベタした液体が出るのは有る。可塑剤が原因のようでした。昔のMSXでキーボード外付けのやつ、そのケーブルから緑色の液体がにじんできて、コネクタにしみこんで接触不良!というのを実際に見ました。
防犯カメラにうつっている映像に「動き」があると自動的に一定時間録画してくれるというもの。
録画はSDメモリカードへ。
そのジャックの接触が悪く、映像がうつったり消えたり、勝手にチラチラとノイズが入って録画が働くという問題があって、
現役当時はその都度抜き差ししたり拭いたりしていたが、いまいち改善しなかった。だましだましという感じ。
今日それを、長い間使っていなくてしまい込んでいたので捨てようとして引っ張り出した。
プラグを抜こうとしたら変な感触があった。抜いてみるとご覧の通り、錆びている。


どうもジャック側の樹脂から何か謎の液体?が滲み出してきて悪さをしているようである。
基板に緑青が付いていた。
捨てる前なのでバラしたが、すっかり忘れていたのに、ようやく謎が解けたというわけで。
これと似た現象は、昔のパソコンでも樹脂部品のコネクタから何かザラザラしたものが吹き出しているような、そんなのは有った。なんだろうな、長年経過すると成分が出てきたり水分と反応したりとか有るのだろうか。
電線の塩ビからベタベタした液体が出るのは有る。可塑剤が原因のようでした。昔のMSXでキーボード外付けのやつ、そのケーブルから緑色の液体がにじんできて、コネクタにしみこんで接触不良!というのを実際に見ました。
真空管ラジオ
2024.09.20
米でも同様だが、物が手に入りにくく(手に入らなく)なると、余計に欲しがる気持ちが高まるみたいです。
いまでは貴重品な真空管ラジオは、私がガキだった頃には掃いて捨てるぐらい有って、田舎の小さい町でしたが時々ごみ置き場で見かけていました。海岸に投げ捨てられている事もありました。いまさら欲しいとは思いません。
当時、もちろん見かけたら拾ってきていました。
でかすぎて運べない物(たとえばテレビ)は真空管だけ抜いて持ち帰っていました。一度だけ、あの重たいテレビを数人がかりで運んできて、帰宅したら親に怒鳴られた事もあった。
いまの薄型テレビと違うんです。まず筐体が鉄板ですし、ブラウン管は分厚いガラスでした。中にシャーシがあって、そこへ部品がたくさん載っていて、とにかく重いものでした。
拾ってきたラジオ、電源を入れてみても鳴らない物が多かったような記憶があります。
おっかないので、コードリールで電源ケーブルをのばして、庭の真ん中あたりに置き、遠くからコンセントに通電して爆発しないか試していた。
たいていボリュームはガリで、回すと耳障りなガリガリ、バリバリした音がしたり、音が聞こえたり聞こえなくなったりした。
ブーンというハム音がしたり。
普通に鳴るけど、妙な臭いがしてロウのようなものが下に垂れるラジオもありました。コンデンサの絶縁が悪くなって、焼けていたのでしょう。
レコードプレーヤーとラジオが一体化したものも有り、それはもともと友人が拾ってきたものなので彼の元へ帰っていきました。
親父の実家にあったネズミの巣になっていた5球スーパーとか(ナショナル)、親の知り合いからもらったラジオとか、色々あったけれど、
その頃は自分で直す実力は無く、もっぱら分解して部品を集めるだけでした。そのままきれいに保管しておけばよかったのにと思います。
なんでもとりあえず分解してしまうガキでした。
実際に真空管ラジオを作ったのは20才頃で、
それ以前に作ろうとした事は有ったけれど、必要な部品が揃わなかった。
部品取りをしていたのではなかったのか。残念ながら、肝心なトランスがなかった。とっておかなかった。
興味のある部品、外しやすい部品(ソケットに載っている物)しか外していなかった。
興味のある部品はエアバリコンとかコイルなど。それとスピーカー。
結局、丸ごと保存しておけばよかったのにと今頃思う。
中学生の頃には、真空管ラジオを作ろうと思っても必要な部品が揃わない時代でした。
世の中は半導体時代。この頃にはパーツ屋さんも真空管を捨てちゃったのでしょう。
トランスがなければトランスレスという手もあり、一応は検討していました。倍電圧整流も。
20才を過ぎてから、ちょうど当時「なんでも鑑定団」がブームになり、自分も古物に興味を持ち始めて、
地元の古美術商(昔の生活用品など何でも有り)を訪ねたりしていました。
そこで店長さんと親しくなり、真空管ラジオに興味があると話したら、物置から「こんなのは有るけど」と、
木製ケースは壊れて虫食いのひどい状態、中身は一応大丈夫そう。そんなラジオを発掘してもらった。見た目がひどいので商品にはならない。
3000円で良いというので即買ってきて、これを何とか活かしてラジオを作ろうと着手したわけです。
結局、シャーシもサビだらけで使えないから、タカチのアルミケースを加工して使う事にした。
そのためにわざわざシャーシパンチやらリーマやらニブラーも揃えて、ヤスリで手が痛くなるまでゴシゴシやったりして、とにかくシャーシ加工は手が痛くなる。アルミ相手でも大変。
電源回路から配線を始めて、確認しようと思って試しに通電した後、コンデンサを放電させてなかったから、続きの配線作業をしている時にビリッと電撃を食らった。
放電用の抵抗でも並列につないでおけばよかったけど、そこまで頭が回ってなかったというか。
とにかく完成し、それなりに良い音で鳴ったので満足。いまでは押入れに放り込まれて、どうなっていることやら。
いまでは貴重品な真空管ラジオは、私がガキだった頃には掃いて捨てるぐらい有って、田舎の小さい町でしたが時々ごみ置き場で見かけていました。海岸に投げ捨てられている事もありました。いまさら欲しいとは思いません。
当時、もちろん見かけたら拾ってきていました。
でかすぎて運べない物(たとえばテレビ)は真空管だけ抜いて持ち帰っていました。一度だけ、あの重たいテレビを数人がかりで運んできて、帰宅したら親に怒鳴られた事もあった。
いまの薄型テレビと違うんです。まず筐体が鉄板ですし、ブラウン管は分厚いガラスでした。中にシャーシがあって、そこへ部品がたくさん載っていて、とにかく重いものでした。
拾ってきたラジオ、電源を入れてみても鳴らない物が多かったような記憶があります。
おっかないので、コードリールで電源ケーブルをのばして、庭の真ん中あたりに置き、遠くからコンセントに通電して爆発しないか試していた。
たいていボリュームはガリで、回すと耳障りなガリガリ、バリバリした音がしたり、音が聞こえたり聞こえなくなったりした。
ブーンというハム音がしたり。
普通に鳴るけど、妙な臭いがしてロウのようなものが下に垂れるラジオもありました。コンデンサの絶縁が悪くなって、焼けていたのでしょう。
レコードプレーヤーとラジオが一体化したものも有り、それはもともと友人が拾ってきたものなので彼の元へ帰っていきました。
親父の実家にあったネズミの巣になっていた5球スーパーとか(ナショナル)、親の知り合いからもらったラジオとか、色々あったけれど、
その頃は自分で直す実力は無く、もっぱら分解して部品を集めるだけでした。そのままきれいに保管しておけばよかったのにと思います。
なんでもとりあえず分解してしまうガキでした。
実際に真空管ラジオを作ったのは20才頃で、
それ以前に作ろうとした事は有ったけれど、必要な部品が揃わなかった。
部品取りをしていたのではなかったのか。残念ながら、肝心なトランスがなかった。とっておかなかった。
興味のある部品、外しやすい部品(ソケットに載っている物)しか外していなかった。
興味のある部品はエアバリコンとかコイルなど。それとスピーカー。
結局、丸ごと保存しておけばよかったのにと今頃思う。
中学生の頃には、真空管ラジオを作ろうと思っても必要な部品が揃わない時代でした。
世の中は半導体時代。この頃にはパーツ屋さんも真空管を捨てちゃったのでしょう。
トランスがなければトランスレスという手もあり、一応は検討していました。倍電圧整流も。
20才を過ぎてから、ちょうど当時「なんでも鑑定団」がブームになり、自分も古物に興味を持ち始めて、
地元の古美術商(昔の生活用品など何でも有り)を訪ねたりしていました。
そこで店長さんと親しくなり、真空管ラジオに興味があると話したら、物置から「こんなのは有るけど」と、
木製ケースは壊れて虫食いのひどい状態、中身は一応大丈夫そう。そんなラジオを発掘してもらった。見た目がひどいので商品にはならない。
3000円で良いというので即買ってきて、これを何とか活かしてラジオを作ろうと着手したわけです。
結局、シャーシもサビだらけで使えないから、タカチのアルミケースを加工して使う事にした。
そのためにわざわざシャーシパンチやらリーマやらニブラーも揃えて、ヤスリで手が痛くなるまでゴシゴシやったりして、とにかくシャーシ加工は手が痛くなる。アルミ相手でも大変。
電源回路から配線を始めて、確認しようと思って試しに通電した後、コンデンサを放電させてなかったから、続きの配線作業をしている時にビリッと電撃を食らった。
放電用の抵抗でも並列につないでおけばよかったけど、そこまで頭が回ってなかったというか。
とにかく完成し、それなりに良い音で鳴ったので満足。いまでは押入れに放り込まれて、どうなっていることやら。