電気自転車妄想
2026.01.19
小学生の頃の自転車いじりでやっていた事のひとつ。
自転車を電動で走らせたい。

当時の思いつきは、ダイナモに電池をつないだら回るんじゃないかと。
これで自転車を走らせることができるだろう。

モーターを回せば発電するし、電圧をかければ回るのだから、全く逆のことができるんだと思っていた。

残念ながら直流では回りません。そんなことも当時は知りませんでした。

最初はバイクの6Vバッテリーをつないで、電圧は同じなのにおかしいなあ?と頭をひねっていました。

全速力で走って充電してもすぐに電球が消える程度。あれだけ必死でペダルをこいだのに、この程度かよと。

このダイナモというやつはケッタイなシロモノだと思いました。でも、発電するという点がとても魅力でした。

拾ってきたダイナモをいじって遊んでいたものでした。

それにしてもこれはどうやって分解するんだと、その点でもよくわかりませんでした。そもそもどうやって組み立てられているのか。
てっぺんの回る所しかはずせないじゃないかと。ナットがついているのはそこだけ。
かしめだったら、切断するしかないのか。そうしたらもとに戻せなくなる。

結局どうすれば回るのか。トランスの出力側6.3Vだったかな。つないでみたら回るじゃありませんか。
かなりあやふやな記憶ですけど、実際に試したのは確かです。
交流じゃないと回らないんだ。

力はどの程度だったか。普通にペダルを漕いだほうが力はあるんじゃないか。

それに自転車では(当時は)容易に交流電源は作れません。

それと、後輪にダイナモを付けて駆動させようかと考え、取り付け場所を検討していたけどイマイチ決まらず。これは別の話だったかも。

もし仮にダイナモに交流をかけて回したとして、そして力がじゅうぶん出たとして、車輪を駆動するには、
あのペダルと同じ軸を回して、正転の力だけ伝えるような仕掛けがいるよね、ぐらいは分かっていたと思う。

もうちょっと大きいモーターでベルト駆動してやれば、もちろん電源としてはカーバッテリーぐらいは必要になるかもしれないけど。
それだと、おそらく10kg程度になって、余計に重たくなり・・・
かあさんがよなべをして
2026.01.19
もうひとつ気になる歌があって、これも小学校で習ったもの。

「かあさんがよなべをして・・・」

自分が関心をもったのはただ一点、「せめてラジオきかせたい」

「ラジオ」ですよ「ラジオ」。
もう、ここだけ。

この「ラジオ」という歌詞のあたりで妄想炸裂です。

エレクトロニクスに敏感な自分でした。

何しろ、国語の時間に辞書の使い方を習って、
さあ、意味を調べてみようという時に
勝手に電子関係の言葉※ばかり調べるのに夢中になり、
気がつくと担任が目の前にいて、できてないじゃないかとゲンコツを食らったぐらい。

※蓄電器だの真空管だの調べていた。

当時妄想していたのは、
いつの時代の歌だろう。
たぶんトランジスタ以前かな。
真空管かな、5球スーパーか並4か。
ひょっとしたら鉱石ラジオか。
・・・などと、脳内は脱線しまくりでした。

ついでに、よなべという言葉も勝手に解釈していました。
正しくは、夜まで仕事をすること、という意味です。

「夜鍋」だろうと思い、夜にいろりにかけた鍋で芋か何かをコトコト煮込んでいる様子を思い浮かべていました。

いろりって見たこと無いなあとか、腹減ったなあとか、ただそれだけでした。
ぜんまいの柱時計
2026.01.19
幼い頃は祖母の家に住んでおり、その古い家は戦前に建てられたようです。
破れたふすまの中から、昭和10年頃の新聞が出てきました。

壁にはぜんまい式の柱時計が有り、いつもチクタク音を出していました。
ちょうどの時間になるとボーンボーンと鳴りました。

今の時代だと、そんな精度の低いものは・・・とか、音がうるさいとか言って敬遠されそうです。

幼い頃はそんな高いところまで手が届きません。
小学生になってから、椅子を積み重ねたりしてようやく届いたと思います。
その頃からぜんまいを巻く係をしました。

ぜんまいは2つ有り、
ひとつは鐘を鳴らすためのぜんまい。もうひとつは時計自体を動かすぜんまい。
鐘を鳴らす方は、しょっちゅう鳴るのでほどけるのが早かったと思います。
時計自体を動かすぜんまいは、いっぱいまで巻くと何日動いたでしょう。
長くても30日程度だったかも?

精度はそれほど高くなく、たまに見て合ってないと思ったら合わせれば良いだけです。

あの頃は、秒単位の時間なんてそれほど気にしなかったと思います。
だいたい合っていればヨシです。
そろそろ行かなきゃ、そんな感じです。

当時は時計屋さんが有って、修理をしてくれました。
調子が悪くなると柱時計を取り外し、風呂敷に包んで時計屋さんへ持ち込むのです。

見た目は同じようなデザインで、じつは電池式という柱時計が友人宅に有りました。
日付の表示も付いていました。
いくらなんでも万能ではないので、うるう年など考慮されていませんから適当に合わせる必要がありました。

そんな柱時計の思い出。

小学校で、おおきなのっぽのふるどけい、おじいさんのとけい・・・という歌を習った時、

動かなくなったんだったら修理すればいいじゃん、って真っ先に思いました。
動かないのをほっとかないで修理しろよと。
なんでみんなそう思わないのかと。
この歌は我慢なりませんでした。

生き物は生き返りません。でも、機械は直そうと思えば直せる。

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