騒ぎ出すPC
2026.01.14
いま使っているデスクトップPCは静かなので気に入っている。
だけど時々、ブォォォォ・・・と騒ぎ出すときがある。これでWindows updateが来ているのがわかる。
今度は何をしたのか。
スタートメニューが勝手に変わっている。
なんで変えるのか、その意図がわからない。
そんなところどうでもいいだろ。
ただ、慣れがあるのでその「慣れ」を乱すようなのは歓迎できない。
M$にしてみれば、ただで(引き換えに情報を抜いてるボソッ)使わせてやってるんだから文句言う資格はないということだろうけど。
俺様に従えというジャイアンみたいな奴。
中身をいくら改良したって、見た目ではお客さんに全然わかってもらえないのがソフト。
だから外観とか見える所をいじりたいのかもしれないと私の勝手な解釈。
そもそも、ソフトがあって動いているんだということを理解してない人が多い感じ。
かつての勤務先の上層部(の、てっぺん)がそれだったから、もう形(ハード)ができてるから完成だろって、あほか。
マイコンのプログラムをマスター側とスレーブ側でそれぞれ作らないといけないと説明してもピンと来てなくて、仏(ハード)を作って魂(ソフト)を入れると言ってもやっぱりピンと来てない。その両方を全部自分がやっていた。
目に見える形にしないとわからないんだと思って、ソースを全部紙にプリントしてドサッと見せても、それが何か?という反応。
プログラムを苦労して作っても形が見えないから説得力がない。ただPCに向かって遊んでるんだか何やってんだか分からないという感じだっただろうな。
そして、そのてっぺんの奴は「PIC入門」など書いてあるネットからプリントした紙の束を私に差し出し、これで勉強しろと。(ああ、やっぱりわかってない。こんなトップだとうまくいくはずがないし、実際だめになった)
建築物といったハードウェアなら、誰でも見た目でわかるのだけど。
まあWindowsがイヤならLinuxでもMacでも乗り換えるんだな。
そういえば、かつてMacユーザーだった自分。2000年頃まで持っていたから漢字Talk7とかそんな頃じゃなかったっけ。
最後に持っていたのはiBookタンジェリン。
あれは飾っておくには良かったな。(実用とは・・・)
だけど時々、ブォォォォ・・・と騒ぎ出すときがある。これでWindows updateが来ているのがわかる。
今度は何をしたのか。
スタートメニューが勝手に変わっている。
なんで変えるのか、その意図がわからない。
そんなところどうでもいいだろ。
ただ、慣れがあるのでその「慣れ」を乱すようなのは歓迎できない。
M$にしてみれば、ただで(引き換えに情報を抜いてるボソッ)使わせてやってるんだから文句言う資格はないということだろうけど。
俺様に従えというジャイアンみたいな奴。
中身をいくら改良したって、見た目ではお客さんに全然わかってもらえないのがソフト。
だから外観とか見える所をいじりたいのかもしれないと私の勝手な解釈。
そもそも、ソフトがあって動いているんだということを理解してない人が多い感じ。
かつての勤務先の上層部(の、てっぺん)がそれだったから、もう形(ハード)ができてるから完成だろって、あほか。
マイコンのプログラムをマスター側とスレーブ側でそれぞれ作らないといけないと説明してもピンと来てなくて、仏(ハード)を作って魂(ソフト)を入れると言ってもやっぱりピンと来てない。その両方を全部自分がやっていた。
目に見える形にしないとわからないんだと思って、ソースを全部紙にプリントしてドサッと見せても、それが何か?という反応。
プログラムを苦労して作っても形が見えないから説得力がない。ただPCに向かって遊んでるんだか何やってんだか分からないという感じだっただろうな。
そして、そのてっぺんの奴は「PIC入門」など書いてあるネットからプリントした紙の束を私に差し出し、これで勉強しろと。(ああ、やっぱりわかってない。こんなトップだとうまくいくはずがないし、実際だめになった)
建築物といったハードウェアなら、誰でも見た目でわかるのだけど。
まあWindowsがイヤならLinuxでもMacでも乗り換えるんだな。
そういえば、かつてMacユーザーだった自分。2000年頃まで持っていたから漢字Talk7とかそんな頃じゃなかったっけ。
最後に持っていたのはiBookタンジェリン。
あれは飾っておくには良かったな。(実用とは・・・)
水分を摂ろう
2026.01.13
水分を摂ろう、といっても・・・
飲んだ一方からどんどん小用で出てしまう。
寒いから、水分を摂っても小用の回数と量が増えるばかり。
寒いから、冷たい水は飲みたくない。(そして、冷たい水は胃を刺激する)
沸かして飲むのも面倒だ。白湯は良いというけれど。
お茶やコーヒー、紅茶は利尿作用があるから、やっぱり水分が出ていく。
結果的に水分不足となるようで、鹿のアレみたいなのが出る。
なぜか奈良公園の鹿を思い出す。鹿のアレと称する物が売店にあったけど、本当にお菓子でもチョット抵抗があった。へんな歌が流行ったのも思い出したりして・・・。
繊維については努めて摂っているつもり。
キャベツやキノコ類を毎朝の味噌汁に入れたり、納豆を食べたり。
水分が小さいほうばかり行って、大きい方に回ってこないんだが・・・どうしたもんだろうなと悩む今日この頃。
少しずつ続けて飲むこと。吸収されやすいように。
いっぺんに飲むからいっぺんに出てしまう。
せっかちだから、(ついつい)いっぺんに飲んでしまう。
そう、昔、健康診断でバリウムを飲んだ後。
早く出そうとして、大きいペットボトルのお茶を買ってきてガブガブ飲んでいた。
だけど結局は小用で出てしまい、最終的に詰まってしまって以下自粛
後日そのことを病院で話すと、そんなときは来て下さいって言ったでしょうって。うん聞いてた。
だいたいどんな処置か想像がつくけれど、そんなことよりも、あー、あんまり具体的には・・・
その当日、にっちもさっちもと申しましょうか、とにかく身動きがとれなくなったから病院(近所)に行けなかったことは事実。
もうそれ以来バリウムは止めてる。飲むのも地獄だし。
飲んだ一方からどんどん小用で出てしまう。
寒いから、水分を摂っても小用の回数と量が増えるばかり。
寒いから、冷たい水は飲みたくない。(そして、冷たい水は胃を刺激する)
沸かして飲むのも面倒だ。白湯は良いというけれど。
お茶やコーヒー、紅茶は利尿作用があるから、やっぱり水分が出ていく。
結果的に水分不足となるようで、鹿のアレみたいなのが出る。
なぜか奈良公園の鹿を思い出す。鹿のアレと称する物が売店にあったけど、本当にお菓子でもチョット抵抗があった。へんな歌が流行ったのも思い出したりして・・・。
繊維については努めて摂っているつもり。
キャベツやキノコ類を毎朝の味噌汁に入れたり、納豆を食べたり。
水分が小さいほうばかり行って、大きい方に回ってこないんだが・・・どうしたもんだろうなと悩む今日この頃。
少しずつ続けて飲むこと。吸収されやすいように。
いっぺんに飲むからいっぺんに出てしまう。
せっかちだから、(ついつい)いっぺんに飲んでしまう。
そう、昔、健康診断でバリウムを飲んだ後。
早く出そうとして、大きいペットボトルのお茶を買ってきてガブガブ飲んでいた。
だけど結局は小用で出てしまい、最終的に詰まってしまって以下自粛
後日そのことを病院で話すと、そんなときは来て下さいって言ったでしょうって。うん聞いてた。
だいたいどんな処置か想像がつくけれど、そんなことよりも、あー、あんまり具体的には・・・
その当日、にっちもさっちもと申しましょうか、とにかく身動きがとれなくなったから病院(近所)に行けなかったことは事実。
もうそれ以来バリウムは止めてる。飲むのも地獄だし。
3年コース
2026.01.13
専門学校に入学した時、じつは3年コースの「研究科」を志望していました。
ところが入学してわかったのは、「研究科」は5人しかいなかった事です。
ほかは2年コースの学科ばかりでした。
ひとりは遊び人?で、最初の頃は同じ下宿にいましたが、いつの間にかいなくなりました。
籍をおいたままです。
たまに帰ってきました。でも、すぐにまたどこかへ行ってしまいました。
家賃などちゃんと払っているようなので問題なかったのでしょう。
また別にアパートでも借りていたのか、女の家?に同居していたのかどうか、全くわかりません。
たまに同級生から「*くん見かけたよ!」「どこそこにいたぞ」という風の噂を聞くだけ。
自分も、彼が原付でどこかへ走っていくのを見かけたような気がします。
学校には来てたっけ?来てなかったような。確かアルバイトをしているとか聞いたような。
とりあえず1年目は2年コースのクラスと一緒になりました。
その1年目か2年目の終わりだったか忘れたけど、年度の終わりが近づいた頃に先生から「どうする」って希望を聞かれて、もう、この時点で3年コースは事実上消滅だったのかも。結局、自分も2年コースに移りますって答えた。
就職を考えるような気持ちじゃなかったから3年コースに逃げていたのかなという気がします。
しっかり勉強したいってのも有ったけどね。もう1年ぐらいは。
高校の同級生の多くは高卒で遠くへ就職した者ばかり。自分はそんな勇気がなかったですね。まず、知らない土地へ行く方法を知らなかった。だから試験を受けに行くだけでも尻込みしていたぐらい。
一度やってみれば克服できたかもしれないけどね。その最初の一歩が大変。
出張したら現地の道路地図を買って見ていました。たとえば東京によく出張していたので、現地に着いて最初に買ったのは道路地図です。
東京の上野で、ヒサヤ大黒堂を目印にして歩いていた事も。良い目印でした。
今ではどこでも行けるし、スマホで便利になりましたが、昔は敷居が高かったです。知らない土地で、ひとに道を尋ねるってのが普通だった時代です。
他県に出かけた時、バスターミナルにいたら、知らないおばあちゃんに道を尋ねられたことがありました。ごめんなさい、私は地元の者ではないのでわからないですって答えるしか無くて。
ところが入学してわかったのは、「研究科」は5人しかいなかった事です。
ほかは2年コースの学科ばかりでした。
ひとりは遊び人?で、最初の頃は同じ下宿にいましたが、いつの間にかいなくなりました。
籍をおいたままです。
たまに帰ってきました。でも、すぐにまたどこかへ行ってしまいました。
家賃などちゃんと払っているようなので問題なかったのでしょう。
また別にアパートでも借りていたのか、女の家?に同居していたのかどうか、全くわかりません。
たまに同級生から「*くん見かけたよ!」「どこそこにいたぞ」という風の噂を聞くだけ。
自分も、彼が原付でどこかへ走っていくのを見かけたような気がします。
学校には来てたっけ?来てなかったような。確かアルバイトをしているとか聞いたような。
とりあえず1年目は2年コースのクラスと一緒になりました。
その1年目か2年目の終わりだったか忘れたけど、年度の終わりが近づいた頃に先生から「どうする」って希望を聞かれて、もう、この時点で3年コースは事実上消滅だったのかも。結局、自分も2年コースに移りますって答えた。
就職を考えるような気持ちじゃなかったから3年コースに逃げていたのかなという気がします。
しっかり勉強したいってのも有ったけどね。もう1年ぐらいは。
高校の同級生の多くは高卒で遠くへ就職した者ばかり。自分はそんな勇気がなかったですね。まず、知らない土地へ行く方法を知らなかった。だから試験を受けに行くだけでも尻込みしていたぐらい。
一度やってみれば克服できたかもしれないけどね。その最初の一歩が大変。
出張したら現地の道路地図を買って見ていました。たとえば東京によく出張していたので、現地に着いて最初に買ったのは道路地図です。
東京の上野で、ヒサヤ大黒堂を目印にして歩いていた事も。良い目印でした。
今ではどこでも行けるし、スマホで便利になりましたが、昔は敷居が高かったです。知らない土地で、ひとに道を尋ねるってのが普通だった時代です。
他県に出かけた時、バスターミナルにいたら、知らないおばあちゃんに道を尋ねられたことがありました。ごめんなさい、私は地元の者ではないのでわからないですって答えるしか無くて。
2026.01.14 10:22
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